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(01)作家、卒業します
「卒業式を行います」
「はい……?」
「雨島良幸くん」
「え?」
「はい!」
「……」
「名前を呼ばれたらぁ、立つぅ!」
「……おい、」
「はい! 雨島良幸でっす! 起立! 礼! 着席!」
「よせ、やめろっ」
居酒屋で小学生のように勢いよく立ち上がり、ぺこりと頭を下げた友人……いや、これは友人などではないが、仕事上仕方なくつきあっている私の声など、雨島には聞こえないようだった。
私は三百円でねぎまが出てくる格安居酒屋で騒ぎ立てる雨島を座らせ、「やめてくださいよ、先生」と声を潜めた。
「僕はぁ、卒業するんだぁ……こんな三文字書きからはぁ……」
「先生が三文字書きだなんて、滅相もないですよ」
そしたら私はどうなるんですかその三文字書きのご機嫌をとっている私は。と自分の職業を呪いたくなったが、ここはぐっとこらえる。
「新作だって良かったじゃないですか」
嘘です。初版の動きが悪すぎて、飛び降りたくなったほどですとは言わずにいる。この人を字書きにしたのは、一体誰だ? 少なくとも私ではない。少なくとも、定期的にくる鬱期に沈む雨島を浮上させるのが仕事の一部なら、それなりの特別手当が欲しい。
「ノンフィクションだからぁ」
「え、そうなんですか……!」
「そう……失恋はどこにでも転がっている。ここにもある」
「えっ!」
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