みゃあと鳴けばパン屋が儲かる

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「ふああ」  欠伸をしているところをお父さんに見られてキッと睨まれた。怖い怖い。パンを捏ねている時のお父さんは本当に別人だ。家にいる時は頼りないくらいで、むしろお母さんの方が怖かったりするのに。この前の無断外泊のときにだって怒っていたのはお父さんじゃなくてお母さんだった。思っていたよりも怒られずに済んだけど、今思い返せば本当に不思議な体験だった。あれからあの猫たちは上手くやれているんだろうか。渡も来ないところを見ると猫の町でパンを作ることに成功して、うちの店の食パンの耳も必要なくなったってところだろうか。別れ際に渡が少し寂しそうにしていた理由は分からないけど、なんだかわたしも寂しくなってしまう。毎日ゴミ箱へと食パンの耳を捨てる度に、渡や猫たちのことを考えてしまうのだ。プン太さんは、みんなと喧嘩せずにちゃんとできてるかな。 「みゃあ」  聞き覚えのある、ずっとずっと昔の懐かしい声。そういえば、あの日、渡を追いかけて猫の町へと迷い込んだ日に聞いたやさしい声もこの声だった。 「チャオ?」  ……なわけないか。チャオはもう。 「みゃあ」  店先から聞こえてくる鳴き声をたよりにその声の主を探す。そこにいたのはサビ柄の大きな猫。 「……プン太さん?」  こっちの世界では話すことを禁じられているのか話せないのか、こくこくと首を縦に振って意思疎通をはかろうとしてくれている。お父さんやお客さんに怪しまれないよう、プン太の首元を撫でながら世間話のように話しかけていく。時折ゴロゴロ、となる喉元が愛らしくてたまらない。 「この声、プン太さんだったんだ。やさしい声、してるんだね。で、プン太さーん。どうしたの、こんなとこまで」 「んな〜」 「パンが欲しいの?」 「……」 「あっ、ジャム?」 「みゃあ」  なるほど。ジャムね。確かにあの小瓶と猫の量とでは釣り合わないか。きっとあれからすぐに無くなったのだろう。ていうか、プン太こっちに来させてもらえるようになったんだ!長老に許しを貰うプン太の姿を想像してこっちまで嬉しくなる。 「やるじゃ〜んプン太さん」  ゴロゴロ、ゴロゴロ、と喉元が鳴る。あの時暴れていたプン太さんとは大違いだ。どこかチャオに似ている鳴き声に懐かしさを覚えながらゆっくりゆっくり背中を撫でる。 「かわいいねえ」 「んみゃ」 「待ってて、ちょっとジャム持ってくるから」  小声でプン太にそう告げて店の中へと戻る。手を洗い、賞味期限が1番近いものをみっつ手に取って袋に入れた。これなら咥えて持って帰れるだろう。 「お待たせ、プン太さん。3日おきくらいなら、あげられるから。また来てよね」  袋を口に咥えて頷くプン太。怪しまれないように上手く帰るんだよ。そんでもってさ、またその声聞かせてよ。 「あ、栽培頑張ってねー!」  そう言うとプン太は振り返りキリッとした顔をしてジャンプをした。かっこいいじゃん。やるじゃん、プン太"さん"。
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