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風琴の捜索に月夜達が飛び込んだ頃、千風は風琴の救助に向けて使いを送ろうとしていた。しかし長老達に止められる。
「長よ。帰ってきた者は皆疲弊しております。今、戦力は限られているのに、ご隠居1人のために削ってどうするのです」
「誰のお陰で死者が出なかったと思っている。ご隠居を見捨てろと申すか」
上の者は、兄上を蔑ろにしている。兄上が連れ去られてこれ幸いと、思っているのだろう。腹立たしいものだ。口論が終わらず、ついに千風の声に荒立ちが見え始めた時、占術を得意とする者が前に出た。
「長よ、戦力を外に出すのは凶と出ました。歯痒いのも分かりますが、日を改めた方がいいかと」
「しかし………! ……分かった。今日は紅月達と月夜に任せよう。しかし明日になれば、救出に行ってもらうぞ。分かったな」
本当は今すぐにでも兄上を救いたい。だが占術したのは、信頼を置いている松風の弟だ。あいつの家族が裏切らないと思う。それに、月夜君ならば兄上を助けてくれるだろう。確証は無いが、その予感がしていた。
「では、私は下界で戦ってくれた者達のところに向かおう」
そう言って話し合いを終わらせる。この気が立っている姿を、戦ってくれた者達に見せてはならない。一度自室で落ち着いてからにしよう。そう思い、松風と部屋に向かう。その時、話し声が聞こえてきた。声は母上の部屋から聞こえる。
「これであの目障りは消えてくれた。後は千風が子を成すだけね」
「ああ、首を持って山に来よう。山の結界を破るように言ってくれないか」
千風の全身から血の気が引く。声の主は、母とくぐもった男の声だ。千風はゆっくりと傍の松風に視線を移す。松風は私と目が合った途端、びくりと震えたから、私はきっと酷い目つきをしているのだろう。私は身体中が寒いせいか、ひどく冷静だった。
「松風、母上と話がしたい。母上を捕らえろ」
「はっ」
私は小声で命じる。松風は頷くと、母上の部屋に音もなく忍び込んだ。すると母上の悲鳴が上がる。私が部屋に入ると、松風が母上の腕を後ろで拘束していた。傍に転がっているのは、水に濡れた盆と黒く邪気を纏った黒い羽。私はそれを拾い上げる。天狗には毒なのか、ぴりぴりとした痛みが手に伝う。
「母上、先程の会話とこの羽についてご説明をお願い致します」
「千風、今すぐ止めさせなさい! この母に何ということをするの!」
この期に及んで、長の母という建前が利くと思っているのか。千風は今まで確かにあった筈の母への情が砂と崩れるのを感じていた。
「長が命じる。さっさと話せ。さもなくば、貴様を拷問にかける」
千風が発した声は、極寒の吹雪よりも冷たい。千風の生まれて初めて見せる姿を目の当たりにした母は、背筋が凍りついて抵抗するのを止めた。
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