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母は言いたくなさそうにしていたが、拷問にはかけられたくなかったのだろう。渋々話をし始めた。兄上が下界での戦いで死ぬかと思ったら死ななかったこと。兄上の片腕同然の東雲を経由して溺死させようとしても上手くいかなかったこと。それ故、外界の者に兄上の殺害もしくは監禁した上で痛めつけてから首を持ってくるように言ったとのことである。
紅月が文に書いていた香の件がまことだったとは。母から白檀の香りがしたのに、信じなかったのは母への情があったから。しかし、私が甘かった。千風は舌打ちをした。
「でも貴方のためなのよ。千風、あれがいたら邪魔でしょう。ただでさえ、あれを持ち上げる者がいるのに」
「あれではない。兄上だ」
母が兄上をあれ呼ばわりするのが昔から大嫌いだった。それを言えなかったのは、母が兄上と兄上の母を恨んでいるのを知っているからである。押さえつけても仕方がないと諦めていた。
「話し相手の男は何者なのだ」
「それを知ってどうするつもりなのです」
母は怯えた声で問う。どうするつもりなのかだと。決まっているではないか。千風は鼻で嗤った。
「まことに兄上の首を持ってきたら殺す。違うのならば、捕まえて兄上の居場所を吐かせるのみ」
「何ということを! 私達と凪のおかげで、貴方は長になれたのよ! この親不孝者!」
親不孝者で結構だ。母に罵倒されようと、何も思わない。そんな自分は冷たい天狗なのだろうか。それよりもある一言が引っ掛かった。凪というのは、幼くして死んだ叔父上のことである。生まれつき身体が弱いのに、勝手に外に飛び出して行方知れずという。その叔父上の名前がどうして出てくる。
「貴様らのおかげで長になれたとはどういうことだ」
「分かっているでしょう。あの女に、あれに貴方の父。貴方が長になるための邪魔者は皆消えたでしょう」
やはり貴様らの仕業だったのか。兄上は無実だった。しかし……罪が両肩にのし掛かる。私が生まれなければ、兄や父は苦しまなかったのに。そう言いたくなるのを必死にこらえる。
「貴女に生んでもらったことには感謝している。しかし私は……長の座を望みなどしなかった。兄上を傍で支えられたらそれでよかった。他の皆のように家族仲良くいられたらと願っていたのに。……松風、こやつを牢に連れていけ」
「かしこまりました」
松風が牢に連れていく。母が私に罵倒の言葉を投げ掛けながら引きずられていくのを、ただ見つめていた。本当はもう長を投げ出したい。私にその資格はないのだから。だが、兄上が不在の今、投げ出す訳にはいかない。私には長として皆を守らなければならないのだから。
「兄上……」
千風の頬から涙が伝って落ちた。
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