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それから千風は、下界から戻ってきた者達の元に行った。皆、家族や契りを結んだ者と再会し、喜びの声を上げている。そして千風の姿を見た途端、片膝を突いて頭を垂れた。1番前に出た凩が口を開く。
「長よ、ただいま戻って参りました」
「御苦労であった。死者が出ずに何より。そなた達を誇りに思う」
千風は柔らかな声で、同胞達を労う。皆、それに喜んでいたが、凩が気まずそうに目を伏せた。
「しかし長、ご隠居が行方知れずとなっております。ご隠居をお守りできず、申し訳ございませんでした」
母と違って、凩は兄上の身を本気で心配してくれているのか。兄上を守れなかったことは怒っているが、今はそれを出してはいけない。
「ご隠居は大丈夫だ。陰陽師達だけでなく、一番心を預けた弟子が探しているのだ。ただ、今宵は宴は無理だな。ご隠居達が戻ってから、盛大に開こう。それと明日、陰陽師のところに同胞を向かわせるつもりだ。着いていきたいものは志願してくれ」
「……承知しました」
凩は渋々という様子で頷いた。不安になるのも分かる。私がそうなのだから。
「さあ、皆のもの。十分休んでくれ。疲れたであろう」
そう言って皆を解散させる。そして皆を見送ってから自室に戻った。部屋まで行くまでの足は酷く重い。自室に入ると、松風が茶を淹れてくれた。
「千風様。よく我慢しましたね」
「私は長だから、当然だ。でも……」
松風の茶を飲む。温かいそれを流し込んでいる内に、何故だか涙が溢れてきた。それを松風が拭う。
「松風……私が……いなければ……」
震える声で弱音を漏らす。何故なら事実なのだ。私がいなければ、父は死なず、兄上は叔父に捕らわれなかった。大好きな兄上に悲しんでほしくなかったのに。私が続きを言おうとすると、視界が真っ暗になった。生温かな感触が唇に触れる。私が驚いて何も言えないでいると、松風が離れた。
「貴方の泣き顔は見たくない。貴方には、小雪様が傍にいる時に見せるような笑顔が好ましい」
久しぶりに松風の顔を見たが、これ程精悍だったか。千風はまじまじと松風から目を逸らした。
「そんなことを言って、これは不敬ではないのか」
「仕方ないでしょう。貴方に己を卑下する言葉を吐いてほしくなかったのですから。私は貴方にお仕えできて、幸せなのに……」
それで許されると思っているのか。……思っているのだろうな。全く、まだ小雪殿にもされたことがないのに。千風は泣くのを止めて、ふふっと笑い声を上げた。
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