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千風は涙を拭うと、叔父と母が待ち合わせしていたであろう場所に部下を向かわせることにした。松風が一番信頼できるが、離れてはいけない気がする。若い天狗が良いだろうか。いや、気配を隠すことが出来るような戦の経験のある天狗の方が……。ああでもないこうでもないと考える。その時、天狗の少年が勢い良く自室に飛び込んできた。
「長、大変です!」
息も切れ切れで震えている様子からするに、何か異常な自体が起こったのだろう。千風の心の臓が早鐘を打つ。
「どうした。ゆっくり言いなさい」
「俺、母に山菜を取ってくるように頼まれたんですけど……結界のすぐ外に見たこともない化け物が沢山いて……結界にへばりついていたんです。俺怖くて逃げちゃって……長、どうしよう……」
少年は恐怖で面から零れる程、涙を流す。千風は少年を宥める為に両手をそっと握る。山菜を取っていたからか、少年の手から土の臭いがした。
「分かった。よく戻ってきてくれた。私が何とかするから、お前は此処で休みなさい」
千風は目を閉じて結界に意識を集中させた。精神を研ぎ澄ませれば、神が作りし結界の状態を大まかに把握することが出来る。感じるのは冷たい邪気と辺り一面に何かが這いずったり、噛み砕こうとする音。おぞましさのあまり、千風は背筋が凍りついた。立ち上がって空を見れば、結界に亀裂が入っている。まずい。このままでは……。
千風は琵琶と撥を取ると、妖力を込めて弾く。すると、里中に千風の琵琶の音が鳴り響いた。千風の召集に応えようと、同胞達の翼の音がする。瞬く間に、大勢の天狗が屋敷の庭に集まった。皆、困惑している様子だが、一部の者は結界の亀裂に気づいていたようだった。
「皆のもの、結界の外が襲撃を受けているようだ。結界はまだ大丈夫だが、時間の問題だ。休めと言った矢先にすまぬ。戦える者は戦ってほしい。非力なものは、この屋敷に集まれ」
「長よ。敵の数はいかほどですか」
凩が間髪いれずに問う。動揺せずに冷静に問いが浮かぶとは。兄もこの者を別部隊の長に据えるのも分かる。
「大まかにしか分からないが、千近くはいるだろうな……。凩、指揮を頼めるか」
「喜んでお受けましょう」
凩は即答で頷いた。後は、非力な者達の誘導である。誰に据えようかと考えていると、小雪が立ち上がった。
「長、私にお任せください」
「小雪殿、よろしいのですか」
小雪殿は私の許嫁故に発言力はある。しかし非力な貴女に任せて良いのか。私の不安を汲んだのか、もう一人が立ち上がる。
「ならば私が手伝いましょう。ある程度の武術も覚えておりますので、いざとなれば使えるでしょう」
そう言ったのは、面彫りの霞である。面彫りというからには、妖力も強い方だ。それに、同じ女性ということで小雪殿も安心出来るだろう。
「では任せる」
「「承知」」
「では皆、里を守り抜こう!」
千風が大声で言うと、皆も一斉に応える。正直、私は非力な方だ。だが、命をかけても守らねばならない。兄に助けを求めたくなる臆病な心を必死に押し殺した。
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