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「俺は黒雅という名があるんだが、そちらの名で呼んでくれないかなあ。前の名は虫酸が走るんだよ」
叔父は苛立つのを隠さないまま、私と六合殿を見る。六合殿は叔父から私を庇うように前に立った。
「生憎、知ったところで呼ぼうとは思わない」
「冷たいことを言うなあ。まあいいや。俺は後ろの小僧に用があるんだが、どいてくれない?」
六合殿の背中越しで目が合う。叔父の瞳には黒く汚泥のような憎悪があった。我々の一族は緑の瞳をしているが、この男は人よりも深淵の闇を思わせる。怯えて後退りしそうになるのを必死に堪えた。
「六合殿、あの者の相手をお任せできますか」
「勿論です。正直、あれに敵うか分かりませんが、全身全霊で戦いましょう」
六合は地を蹴ると、黒雅に向かって駆ける。黒雅はにやりと嗤うと、剣を構えた。
「いいねえ、あんたとは一回やりたかった。思い存分楽しもうぜ!」
剣が交わったかと思うと、激しい剣戟が繰り広げられる。神気と妖気がぶつかり合い、地が揺れた。千風はそれを尻目に松風と離れると、同胞達の傍に近づいた。黒雅が風穴を開けたせいで、そこから魑魅魍魎が流れ込んでくる。同胞達は必死にそれらと応戦していた。
「里には近づけさせるな! できる限り、此処で潰せ!」
「承知!」
同胞達は大声で応えると、化け物どもを切り伏せていく。千風も懐から団扇を取り出すと、敵に向かって扇ぐ。風の刃がいくつも生じると、敵の身体を切り刻んだ。
「松風、六合殿の元に行ってくれ」
「しかし……!」
主を置いていくことなど出来ない。だって貴方は武術の腕はあまりなく、非力ではないか。松風の目がそう訴えている。
「あやつを倒さなければ、結界を再構築しようと無駄になる。一刻も早く倒してくれ。……私は大丈夫だから」
此処には同胞達がいる。私だって自分の身は守れる。だから行ってくれ。松風は顔を伏せてぐっと黙っていたが、顔を上げた。
「我が主、ご無事で待っていてください」
そう言い残し、六合殿の元に駆けていく。私はそれを見守りながら、団扇の柄に力を込めた。
「我らの地を穢すとは愚か者どもめ。その身をもって、罪深さを味わうといい!」
団扇の風が鎌鼬のように敵に襲いかかる。千風は生まれて初めての故意の殺生に胸が痛めど、手を止める余裕などありはしなかった。
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