第363話 大口

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「馬鹿な野郎で助かったぜ……」  ガザルは思わず心の声を洩らす。亮は確かに強大な力を有して現れた。タフカとのギリギリのせめぎ合いの中、この新手の乱入者にガザルは敗北を半ば覚悟した。しかし……怒りに任せて攻め込む亮と、隙を見て攻撃を繰り出すタフカのリズムは、最後まで噛み合う事が無かった。    タフカの腹を貫いた左腕から放たれたガザルの法撃は、幼い身体のタフカごと両断するため飛び込んできた亮を真正面から捉え吹き飛ばした。  ガザルの法撃により上部が消し飛ばされた森の一画に、根元だけ残された木が数本燃えくすぶっている。その内の1つに、上体を預け動かなくなった亮の身体が寄りかかっていた。  すでに事切れているのは明らかだが、それでもガザルは慎重に歩み寄り、亮のそばに転がっている「成者の剣」を爪先で押してみる。思った通り、微動だにしないその「法剣柄」を忌々しそうに睨み、ガザルはさらに亮に近付いた。 「直撃でも吹き飛ば無ぇってのは……ムカつくなぁ……」  両足を投げ出す座位で、背を木の根元に預け座っている亮の上体を、ガザルは足で横に押す。グラリと仰向けに倒れた亮の胸から上は、黒く炭化していた。その姿を確認し、ガザルはようやく口元に余裕の笑みを浮かべる事が出来る。 「は……ハハ……ヒャーハッハッ! テメェ!」  高笑いの後、ガザルは亮の頭部を踏み砕いた。 「偉そうに……フザケた目で俺を睨んでんじゃ無ぇぞ、クソ虫がぁ!」  先の戦闘の中、一瞬でも恐怖を感じさせた亮に対する怒りがガザルの中に込み上げる。抵抗する一切の力を失っている命無き亮の骸は、ガザルの怒りのはけ口に蹂躙され破壊されていく。ガザルはその一部を口に運び入れるため、地面に手を伸ばした。しかし何かを察知し、後方へ飛び退く。 「調子に~乗るな~雑魚め~!」  地を揺らすような声……いや……地面そのものが泥土のように形を変え、口のような形の穴と成り、ベチャベチャと動いている。ガザルに破壊された亮の身体は、ズリズリとその穴に引き寄せられ消えていく。 「なんだ……そいつ……は?」  ガザルに 穿(うが)たれた腹部の「(あな)」に、自分の右手を載せ治癒魔法を始めていたタフカが問いかける。ガザルは地面を睨みつけたまま舌打ちをすると振り返り、タフカに左腕を伸ばし法撃体勢をとった。 「さあな? バケモンなのか……神さまなのか……『完全なる支配者』ってヤツさ」 「ヴバァッ、ヴバァッ、ヴバァッ!」  粘着性のある土を噴き上げながら、泥土の口は笑う。 「完全な……支配者……だと? あれが……」  タフカは回避行動をとれる状態までの回復を目指し、時間稼ぎに問い直す。唐突にガザルから放たれた法撃が、タフカの右肩ごと腕を吹き飛ばした。 「グ……」  痛みに呻くタフカに、ガザルは冷徹な視線を向ける。 「チマチマと時間稼ぎなんかしてんじゃ無ぇよ、王さまのクセによぉ? 質問タイムは終わりだ。もっかい、どっかの木ん中に帰って指でもしゃぶって……痛ぇ!」  タフカに向け滅消法力のこもった法撃を放とうとしたガザルの後頭部に、石が投げつけられた。 「なるほどね……確かに『痛ぇ』だな……」  ガザルは攻撃目標を変え、背後の声の主に法撃を放とうと振り返る。そこには、後頭部をさすりながらたたずむピュートと、少し下がった位置で成者の剣を構え立つ篤樹の姿が在った。 「直接だけでなく、間接攻撃でも干渉する……あんな石ころでも律義に返って来るんなら……やっぱり先ずはカガワから行け。俺は妖精王を回収する」  ピュートは言葉を終える間も無く、タフカのそばに法力移動を済ませる。急に、目の前で「壁」になっていたピュートが消えたため、篤樹は真正面でガザルの睨みを受ける立ち位置になってしまった。 「またチガセのガキか……」  ガザルはチラッと視線を落とし地面を確認する。「泥土の口」はいつの間にか消え、普通の地面に戻っていた。その様子には気付かなかった篤樹だが、ガザルの洩らした言葉に反応しサッと周囲を見回す。 「『また』?……ってことは、亮も居たんだろ? どこに居る?……亮ッ!」  問いかけた相手が素直に答えるハズも無いと思い直し、篤樹は少し大きめの声で亮の名を呼んだ。しかし、その呼びかけに応じる声も気配も無い。  亮…… 「さっきのヤツはあれかい? やっぱりテメェの『ドウキュウセイ』ってヤツか?」  ガザルからの返答に、篤樹は亮が確かにこの場に居たと確信する。 「ああ……どこに……亮は今どこに!?」  嫌な予感が働くが、ハッキリと決まったワケでは無い……篤樹は慎重に足を運び、前に出る。ガザルは口端に笑みを浮かべると、回復途上の右手を伸ばし、篤樹の左横をさし示した。ガザルの動きに注意しつつ、篤樹は視線を示された地面に向ける。  あれは……亮の「成者の剣」…… 「それ、あれだろ? さっきのチガセの忘れ物だよな?」  完全に攻撃姿勢を解いて語りかけるガザルに目を向けたまま、篤樹は亮の「成者の剣」まで近付き、拾い上げようと屈んだ。 「ちゃんと届けてやれよ? その忘れモノをよぉ」 「……どこに? 亮はどこなんだよ!」  ガザルはまだ攻撃態勢をとっていない。篤樹は自分の剣を真っ直ぐガザルに差し向けたまま、強い口調で問い質した。ガザルは不快そうに舌打ちをする。 「ガキが……大口叩いてんじゃ無ぇよ……教えてやるよ……」  篤樹はガザルの次の言葉を待つ。 「『あの世』だよ、バーカ!」  え?……  ガザルの言葉の意味を脳が理解しようと動き出す前に、篤樹は自分の身体が足元から地中に沈んでいく感覚に襲われる。足裏の大地が泥土と化し、篤樹は「大きな口」に呑み込まれて行った。
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