第301話 良い笑顔

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『このジジイ、あの後は妙に扱いが良くなってな。アタシの言葉は分からないまでも、案外と手厚い対応をしてくれてるよ。相変わらずニコリともしない、枯れ木の皮みたいな顔のまんまだけどな』 「あっ……それは……良かったですね……」  こちらもまた相変わらず口の悪いひと言に、篤樹は苦笑いで応じた。 「おい! チガセの人間!」  2人の会話にウラージが口を挟む。 「え、あ……はい……」 「コイツは今、『自分の扱いには満足してる』と言ったのだろう? 違うか?」  ウラージは怒っている表情ながらも、どこか「答え合わせ」に期待するかのような雰囲気で篤樹に尋ねた。 「え? は、はい! え? 分かるんですか?」  篤樹の返答に、ウラージは満足そうに口の端を片方緩める。 「ふん! ユフの人間種が使う下等な言語など、数日も聞いておれば理解出来る!」  口調は相変わらずだが「なんだかウラージさん、嬉しそうだな……」と篤樹は感じ、笑顔でうなずきハタと気付く。  そうか……自分の知らない言語だから……覚えようとしてるのか…… 「!!」  ウラージは一瞬、息を飲むような驚きの表情を見せた後、含みのある薄い笑みを浮かべエルグレドに視線を向けた。 「ほう……貴様か……まあ良い……。して、あの湖の『膜』からルエルフの村へ入れるというのは、まことなんだろうな?」 「それは今から調査を……」  レイラが即座に答えようとしたが、その声に (かぶ)せてエルグレドが応える。 「ええ。間違いなく」 「ちょっと! エル……」  レイラが制するように手を伸ばしたが、それを避け、エルグレドはウラージの前に進み出た。 「『エルフの守りの盾』は、近々確実にお渡しできますよ」 「ふん! 人間種共お得意の『口から出まかせ』と思うがなぁ?」 「あなたと違い、私たちは『嘘』は言いませんよ、ウラージ長老大使」 「存在自体が『嘘・偽り』の貴様が言うか?」 「エル!」  いつもの冷静さを欠いたやり取りに、レイラがたまらずエルグレドの腕を掴んで制止する。 「ふん……盾はいつ我らの手元に戻るのだ?」  ウラージはどこか満足そうな笑みを浮かべ、エルグレドに問う。 「ユフ大陸へ追撃隊が出発する前には、全てが終わってますよ。あなたに一切の負い目を感じる必要も、すぐに無くなるでしょうね」  エルグレドも口元に笑みは浮かべてはいるが、その目は好戦的な敵意()き出しの輝きを放っている。 「3週間か……では、貴様が嘘つきではないとの証明をそれまでに示せ。『悪邪の子』よ。ルエルフの審判は3週間後だ!」 「良いでしょう。ルロエさんは解放させますよ。 卑怯(ひきょう)な『北のエルフ兵』との違いを分からせて差し上げましょう!」  ウラージはエルグレドの最後の言葉にも笑みを消すことなく、しばらく視線をぶつけ合ったままだった。 「行きましょう……隊長さん」  レイラの冷ややかな (うなが)しの声がその場の空気を変える。篤樹は恐る恐るレイラの顔を見た。エルグレドの腕から手を離したレイラの口元は、ワナワナと震えている。 「では、我々は調査に入りますので、これで失礼します」  エルグレドは尚もウラージに視線をしっかりと合わせたまま、言葉だけは丁寧に断りを入れた。 「しっかり務めを果たせ。期限は3週間だ」 「20日以内で……」  バンッ!  改めてウラージに応じようとしたエルグレドの肩をレイラが思い切り叩き、そのまま 外套(がいとう)襟首(えりくび)を掴むと、有無を言わせず歩き出した。 「ちょ……レイラさん!」 「黙れ! 馬鹿隊長!」  引きずられるように歩き出した2人の後に、篤樹たちも (あわ)ててついて行く。篤樹は最後にミスラとウラージへ顔を向け、軽く 会釈(えしゃく)をした。エルグレドとウラージのやり取りがケンカ腰の「口論」に感じ、篤樹は内心ビクビクしていたが、一行を見送るウラージの表情は今までに見た中で一番良い笑顔のように感じられた。
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