第302話 仲違い

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◇  ◇  ◇  ◇  ◇  一行は王宮跡地前の湖岸に並び立つ。 「あの『ブイ』が目印よ」  レイラは、湖面に浮かぶ紅白2色の棒を指さした。目印の4本のブイが、湖岸水際から10メートルほど離れた場所でユラユラ揺れている。 「さて……それでは調べてみましょうか?」  エルグレドはそう言うと、湖岸に上げられている小舟を湖面へ押し始めた。篤樹も急いで舟に手をかける。同時に、もう 一艘(いっそう)をスレヤーが押して水上に浮かせた。 「そちらに3人で!」  エルグレドはスレヤーたちに声をかけるとすぐに舟へ乗り込み、篤樹に手を差し出した。その手を掴み、篤樹も乗り込む。 「あの……エルグレドさん……」  座位での両舷オールを ()ぐエルグレドに、篤樹は話しかけた。 「どうしました?」 「さっき……チラッと聞こえたんですけど……『何人入れるか』って。あれ、何なんですか?」  篤樹の問いに、エルグレドは舟を漕ぐ手を休めず、笑顔のまま応じる。 「私の『読み』としては、アツキくんは確実にあちらへ行けると踏んでいます。もしかするとエシャーさんも大丈夫かな、と。ただ、私たち3人はどうだろうかと……。『同行者』として認められるのか、それとも『部外者』として (こば)まれるのか……」  エルグレドの説明が終わる前に、舟は目印のブイの横へ着いた。スレヤーたちの舟も、すぐにブイの横へ並び着く。 「どうします? 大将」  虹色の膜に近づけたのは、今のところルエルフ村に 所縁(ゆかり)のあるルロエだけであったとの情報は共有している。スレヤーの確認の声に、エルグレドは応えた。 「このまま、近づいてみましょう!」  2艘の小舟は、目印の4メートル四方4隅に浮かぶブイとブイの間を抜け、中央に (ただよ)い浮かんでいる虹色の膜へゆっくり近づいて行く。しかし、2メートルほど進むと、 舳先(へさき)が何かに抑えられたように、舟は前進することが出来なくなった。 「やはり、全員は無理なようですね……」  エルグレドが洩らした言葉に、篤樹は緊張を覚える。 「あの……それって……」 「スレイ! そっちはどうですか?」  篤樹が問いかけようとした声は、エルグレドの声にかき消された。 「ダメですねぇ……動きません!」 「こちらに、舟を寄せて下さい!」  エルグレドはすぐに指示を出し、自らもオールを操作する。 「アツキくん、エシャーさん……こちらにお2人で乗られて下さい」  2艘を寄せ合うとエルグレドは立ち上がり、篤樹と場所を移動しながらエシャーに指示を出した。エシャーはうなずき立ち上がると、エルグレドの手を借りて舟を移動する。エシャーの着座を確認し、エルグレドはスレヤーたちの舟に乗り移った。 「さて……残念ながら全員での入村は無理なようです。ここからはお2人に期待するしかありません。ルロエさんは膜に『触れる』ことは出来ましたが、それ以上は『入れなかった』ということです。お2人はどこまで『入れるか』を、まず調べて下さい。ただ、たとえ全身が入れそうでも、今は入らないで下さいね。今日はあくまでも調査までです」  篤樹は深く息を吸い込み、吐き出した。全員で行くことが出来ない可能性は聞いていたが……いざ、本当にエシャーと2人だけでとなれば…… 「行こっか……」  不安を振り払うように篤樹はエシャーへ声をかけ、オールを握る。軽くひと漕ぎすると、先ほど「舳先が止まった場所」よりも前に進んだことを体感した。舟の右舷……舳先に背を向ける篤樹の左側の湖面に、虹色の膜が広がっている。 「これが……」  エシャーが膜に手を伸ばす。ゆっくり、ゆっくりと手を近付け……膜の上に「置いた」手をジッと見つめる。 「あれ? えっと……エルぅ! 膜には『 (さわ)れる』んだけど……」 「エシャー……」  篤樹は中腰でバランスをとりながら移動し、エシャーの肩を抱いた。 「次は、俺がやってみるよ。少し反対側に体重を移動してくれる?」  エシャーが座ったまま移動し場所を空けると、篤樹は舟のバランスに注意しながら右手をゆっくり伸ばした。エシャーは篤樹の左腕をしっかり掴んでいる。  エシャーだけだと、ルロエさんと同じように「膜に 触れるだけ」だった……そのエシャーと俺が接触していても、変化は無し。じゃあ……あとは、俺が触れた状態で、エシャーも一緒に入れるのかどうか……それがダメなら、俺ひとりだけなら入れるのか……  篤樹は膜の上に右手を乗せた。そして押してみる。膜はまるでレースのカーテンのような触り心地だったが「中に入れる」という感じはしない。  エシャーと2人じゃダメ……じゃあ、俺1人でってこと?  深呼吸をした後、篤樹は身体に ()れないようにとエシャーに指示を出し、再度、膜に向かって手を伸ばし置く。しかし、やはり「中に入る」ことは出来なかった。 「ダメです! 入れません!」  1人でルエルフ村へ向かわなくても良さそうだとどこかホッとしながらも、結局、エルグレドがあれほど自信を見せていた「道」が開かれなかったことへの不安を抱き、篤樹は結果を報告する。 「分かりました。では、そのまま、一旦岸に戻りましょう!」  エルグレドが声をかけると、篤樹は漕ぎ手座に移動しオールを握った。 「さて……どうするおつもりかしら?」  漕ぎ手のスレヤーの前に座るレイラが、船首向きに座るエルグレドと対面になり問いかける。 「さて……どうしましょうかねぇ……」  エルグレドは穏やかな表情のまま、困ったような声で応えた。 「あなた、本当に困っていらっしゃるの? それともまた、お1人だけで何かを企んでいらっしゃるの?!」  レイラの厳しい声が、静かな湖上に響く。エルグレドは 溜息(ためいき)()く。 「全員で行ける事を第一に期待していました。アツキくんが先導すれば可能性は高いのではないかと。それが叶わなくても、アツキくんとエシャーさんの2人なら……いえ、アツキくんだけでもと……。ガザルが出て来られたのですから、入る事も可能なはずなんです。ただ、条件が分からない……条件さえそろえば、アツキくんは行けるはずです」 「なんですの! その根拠の乏しい『確信』は!? あなたの言葉を信頼してみんな……」 「おい、エルグレド! 何をやっているのだ?」  レイラの怒りが爆発する寸前、湖岸から声がかけられた。 「仲間内での 仲違(なかたが)いはみっともないぞ!」  湖岸に立つ3人の姿……文化法暦省大臣ビデルと――― 「お父さん!」  エシャーはビデルの隣に立つルロエに気付き、大声で呼び掛ける。 「……なんで?……あのガキが……」  ビデルの背後に立つピュートの姿に、レイラはボソリと声を洩らした。
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