36人が本棚に入れています
本棚に追加
第303話 死を待つ者の匂い
「ウラージ長老大使とやり合ったそうだな?」
舟から降り立ったエルグレドに、ビデルが開口一番尋ねた。
「どうだった?」
ほぼ同時に着岸した篤樹たちの舟にはルロエは近寄り、エシャーに語りかける。
「私もアッキーもダメだった……『膜』には触れるけど……お父さんと同じ?」
「そうか……」
エシャーの返答に、ルロエは微笑みながら応え視線を篤樹に向けた。
「湖神様からの力を受けた『 渡橋の証し』を持つアツキくんなら……と、少しは期待したんだけどね」
「あの……すみません……」
下舟の手を貸し語りかけたルロエに、篤樹は申し訳無さげに応じる。
「いや、アツキくんのせいで『どう・こう』って意味じゃないよ。ただ、可能性が一番高いのは、湖神様との関係も深い君だろうと思っていたから……私やエシャーと同じ結果だったことで拍子抜けしただけだよ」
「冗談じゃありませんわッ!」
突然、レイラの怒声が響いた。篤樹たちは驚き、顔をエルグレドたちの方へ向ける。そこにはビデルを睨みつけ、身を震わせているレイラが立っていた。
「決定権はあなたにではなく、エルグレドに有るのですよ」
ビデルは低姿勢で穏やかな笑みながら、レイラの立場を軽んじる雰囲気を漂わせ応じていた。
「エルッ! 私は反対ですわよっ!」
レイラは探索隊の決定権を持つエルグレドに向き直り、改めて抗議の声を上げる。
「どんな理由があろうと、コイツを仲間に受入れるなんて……認められませんわ!」
ビデルの横に立ち湖面を見つめているピュートを指さし、レイラは髪を振り乱して主張した。
「まあまあ、レイラさん……落ち着いて……」
今にも暴発しそうなレイラの肩にスレヤーがそっと手を置き数歩退かせると、代わりにエルグレドが一歩前に進み出る。
「閣下……それは文化法歴省大臣としての決定なのでしょうか?」
エルグレドは柔らかな笑みを浮かべつつ確認する。ビデルは少し驚いた表情を浮かべて応えた。
「いや……決定権は君に託している。何だね? この子と彼女の間には、何か 確執でもあるのかね?」
予想外の「強い拒否姿勢」を表明したレイラの態度に、ビデルは逆に興味を抱いたようだ。
「いえ……そういう事では無いと思いますが……」
「嫌いなのよ! ソイツが! 大嫌いなの!」
スレヤーに両肩を押さえられた状態で、再びレイラが抗議の声を上げる。エルグレドは苦笑いで溜息をつく。
「……ということなので……ピュートくんを私たちのチームに迎えるのは……少し難しいかと……」
「少しじゃ無くってよ、エル! 絶対にダメ! 諦めて! この話はナシよ!」
鬼気迫るほどの「反対意見」にビデルもエルグレドも苦笑いを浮かべる他無い。
「俺は構わない。おばさんが一緒でも」
相変わらず湖上を見つめるピュートが、無機質な声で口をはさんだ。
「おば……」
レイラの視線がピュートに向く。
「俺はエルフも嫌いじゃないし、カガワとルエルフは面白い。赤狼と補佐官にも興味がある」
淡々と語ったピュートは、視線をゆっくりレイラに向けた。
「ベガーラは新しいユニットを組んだ。俺は除外されている。『父』も死んだし、居場所が無い。アンタたちの隊なら付き合っても良い」
あまりの怒りのためかレイラは声を失い、目を見開いたまま口をパクパク震わせている。ピュートの発言に唖然としていたエルグレドが数回瞬きをした後、ビデルに応えた。
「事情は分かりました。……が、この場ですぐに判断は出来ません。明日、正式に回答しますので、もうしばらくは……」
「あ……ああ! うん、そうか。分かった。構わん。まあ、本人の希望を伝えただけで……あとは君らの判断で決めれば良い。君もそれで良いな?」
ビデルはピュートへ確認の言葉をかける。
「補佐官が承認すれば済む話なんだろ?」
ピュートはエルグレドをジッと見つめた。エルグレドもその視線を真っ直ぐに受け止める。
「エ~ルゥ~……」
脅迫染みたレイラの声が発せられるまで、数秒間、2人は視線を合わせたままだった。先にエルグレドが 瞼を閉じ、次に開いた時には視線をビデルに向ける。
「明日……結論という事で」
「俺もそれで良い」
エルグレドの返答に、今度はピュートもすぐに応じる。ビデルは 曖昧にうなずきながら「まあいい……」とだけ呟いた。
最初のコメントを投稿しよう!