第303話 死を待つ者の匂い

2/2
前へ
/133ページ
次へ
◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 「レイラって、ホントにピュートが嫌いなんだね?」  立ち去って行くビデルたち3人の背を見送りながら、エシャーがレイラに語りかけた。 「確かにあのガキゃあ、しつけがなってませんもんねぇ」  スレヤーが賛同の弁を述べる。 「ボルガイルの研究で作られた『人造人間』……成功した実験体なんでしょ?『親』の育て方云々(うんぬん)以前の問題ですね、ありゃ」 「あ……でも……」  ピュートへの低評価を述べるスレヤーの言葉に、篤樹が異論を (はさ)もうと口を開いた。 「ん? なんだよ、アッキー」 「あ……いや……。アイツ……ピュートは……何ていうか……そんなに悪いヤツじゃ無かったっていうか……」  一週間前、共にガザルを相手に闘った「仲間」として、篤樹は何とかピュートの評価を上げたいと願う。 「だよ!」  エシャーも篤樹の言葉に (かぶ)せて来た。 「あの子、悪い子じゃ無いよ! 変な子だけど……でも、悪い子じゃないよ!……なんでレイラはあの子がそんなに嫌いなの? 口が悪いから?」  エシャーの大きな目を向けられたレイラは、乱れていた髪を左手で整えながら言葉を選ぶように応える。 「あなたたちと違うのよ……私たちとも……あの子は……」  落ち着きを取り戻したレイラの声は、どこか哀し気だ。 「そりゃ……実験で作られたから……」  篤樹が口を挟もうとすると、レイラはその言葉を遮るように続けた。 「 出自(しゅつじ)なんかどうでもいいわ。種族の違いだって関係無い。でも、あの子は初めて会った時から『死臭』が漂ってるのよ……サーガよりも、もっと腐った『死の匂い』がね……それが恐いし……気持ち悪いし……嫌いなの」 「それって……ガザル細胞の匂いとかって事ですかい?」  確認するように尋ねたスレヤーの言葉に、レイラは首を横に振る。 「言ったでしょ? あの子の出自……体組成が何であろうが関係無いわ。……あの子自身が内側から発してる『匂い』よ。私が嫌悪してるのは」 「森の賢者、生命に充ちる長命種族である貴女だからこそ感じる匂い……ということですか?」  エルグレドが結論へ誘引するように口を開く。レイラはフッと息を ()くと、いつの間にか強張っていた身体をほぐすように肩を軽く上げ下げした。 「生命への執着が無い……いえ、生命への関心が無いのよ。自分自身にも、他人に対しても。まるで、生命の無い (むくろ)が、動けるから動いてるだけって感じがするの……」  レイラは、自分が感じ取っている「嫌悪感」を何とか言葉に表わそうとするが、それがどうにも上手く行かない様子で、何度も言葉を言い換える。見かねたように、エルグレドが口を開いた。 「木々や草花にさえ、敏感に 生命(いのち)の存在を感じ取っておられるエルフ族としては、生命への関心をもたないピュートくんという存在が許せない、ということでしょうか?」  エルグレドの言葉に、レイラは少し首をかしげながら「そうね……」と呟き、軽くうなずいた。 「えー? そうかなぁ……」  異論の声を上げたのはエシャーだった。 「あの子、内調だったからかも知れないけど、色んなことに関心あったみたいだけどなぁ……」 「それに……」  篤樹も声を合わせる。 「ガザルと闘った時も……その……僕のことを守ってくれたり……ガザルとの『相性』を気にしたり……自分の生命や他人の生命に、全く無関心って感じじゃ無かったように思いましたよ」 「とにかく、嫌いなの! あの『死臭』が……あっ!」  エシャーと篤樹に反論の声を上げたレイラが、自分の発言途中で何かに気付いたように言葉を切った。 「死期を間近にしたエルフの匂いだわ、あれ!」 「はぁ?」  思い (ひらめ)いたような笑顔を見せたレイラに、一同は 呆気(あっけ)に取られた。 「そうよ! あの『匂い』だわ! 終命間近の高齢エルフが発してる『卓越者の匂い』よ!」 「ちょ……な、なんすか? その『卓越者の匂い』ってのは……」  嬉しそうに説明を始めたレイラに、 (たま)らずスレヤーが尋ねる。 「この世界には、もう何も得るモノが無いって悟り切った高齢エルフがね、ただ『終わりの時』だけを待ちながら過ごしてる『匂い』なのよ!」 「それって……つまり?」  篤樹が、呆気にとられながら尋ねた。 「たかだか15年程度しか生きてない人間種のガキが、1000年を生きたエルフと同じ『卓越者の匂い』……いいえ!『死臭』を発してるのがイヤなのよ! まだ何も分かってないクソガキのクセに、全知者のように (しゃ)に構えて、悟りきったように生命への関心を失ってる……あの『匂い』が嫌いなの!」  レイラは自分なりに納得のいく答えを見つけられたようで、スッキリとした笑顔をエルグレドに向けた。 「ということで、あんなジジ臭いクソガキなんかと一緒にいたら、鼻が曲がってしまいますわ。明日、キッチリとお断りを入れて下さいな、隊長さん」  晴れ晴れとした笑みでハミングを奏でながら、湖岸に咲く野花を屈んで愛で始めたレイラの背中を目で追い、篤樹はピュートの顔を思い浮かべた。  あいつ……「ジジ臭いから嫌い!」ってレイラさんに言われたら……どんな顔するだろうなぁ……
/133ページ

最初のコメントを投稿しよう!

36人が本棚に入れています
本棚に追加