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     二  誰かが言った。 「このまま、三月が永遠に続けば良いのにね」  確かに、そうすれば、透子は智恵ちゃんと別れなくて済む。浩司は真におめでたい気分に浸れる。美久にとっては何ら関係の無い話だ。拓人は、何度もカルタの大会に再挑戦することができる。  ——すると、どうやら四月はやってこないらしかった。本当に、延々三月が続くことになるらしかった。 「透ちゃん、聞いた?」  智恵ちゃんが真っ先に電話をかけてきた。 「三月が、続くんだって!」  智恵ちゃんは声を弾ませた。透子も、段々実感が湧いてきて、「うん」と強く返事をした。 「これからもおんなじ学校に通って、おんなじように遊べるんだよ!」  透子はようやく全て理解して、「うん!」と言った。  浩司は苦笑いしながら、友人に話しかけた。 「三月が、続くってさ」 「おかしなことになったな」 「卒業式、やったのにな。卒業できないんだぜ」  浩司はちっとも、深刻そうな顔をしなかった。 「働かなくて済む、ラッキー」  おどける友人を、おいおいと諫める。浩司は内心胸を撫で下ろしていた。そう、何もかも、変わらなくて済むのだ。  美久は、客からこの話を聞いた。 「馬鹿馬鹿しい」 「美久は相変わらず冷たいなあ」 「だってそうでしょ? ずっと三月だなんて……そんなことをして、一体何の意味があるの?」 「美久は永遠の、二十六歳だ!」  客の男はそう言って両腕を広げた。 「もう」  赤いドレスの美久は、男に身を委ねた。  拓人は、カルタの猛勉強を始めた。勝つ、何度やり直してでも、勝つ。チャンスならある。勝つことに、全てをかける。その覚悟のもと、挑んだ大会、四度目にして、とうとう、拓人は壁を乗り越えた。これで自分の人生は何もかも一変する。栄光への道が開ける。拓人はこれまでに覚えたことのない、充足感に満たされた。  ところが、また三月が、やってくるのである。
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