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「ねえ、透ちゃん」 「なあに、智恵ちゃん」 「次は何して遊ぶ?」 「何でも良いよ」 「透ちゃんってさ……」  智恵ちゃんは目を細めて言った。 「優柔不断だよね」 「えっ?」 「自分ではなあんにも決めないじゃん。いっつも私に任せっきり」 「えっ?」  透子はどう答えれば良いのか分からなくなって、焦った。 「いけなかった?」とやっとのことで問うた。 「いけないこと、無いけどさ、」  智恵ちゃんは足元の小石を蹴った。 「退屈」  智恵ちゃんが退屈なのは、透子の所為に違いがなかった。けれども、透子の所為ばかりでは無い。やっぱり、『三月』が悪いのだ。『三月』がこれだけ続くと、あまりの暮らしぶりの変わりなさに、飽き飽きしてくるのだ。 「何回卒業式をやった!? どうせ卒業なんてしないのに。分かり切ってるのに。もう誰も真剣にやってないよ。遊んでたら良い。とは言え、遊ぶにしても、変わり映えがなさ過ぎるでしょう? 透ちゃんは悪かないけどさ、」  智恵ちゃんは唇を尖らせた。透子はおろおろとしつつ、 「ごめん」 と一言発した。  三月が続くなんてちっとも良いことじゃない、と透子は思った。  浩司はまた、苦笑いして言った。 「そろそろ、飽きたな」  もう彼は、スーツ姿の正装で卒業式に出席することもなくなり、ただ惰性で今の暮らしを続けていた。 「続出してるらしいぜ、自殺者」 「おかしな話だよな」  彼は友人とそう語り合った。 「ただ生きてるだけじゃ、満足できないんだよ、みんな」 「そうなのかな」  皆、本当は変わりたがっているのかもしれない、と浩司は思った。そう思うと、軽率な自分の考えが、なんだか恥ずかしくなった。  美久は仕事をくびになって、崖から身を投げようとしていた。もうどうにも回っていかない。やっていかれない。どうせこのまま生きていてもしょうがなかった。三月は永遠に続く。永遠に、春である。新しい自分を見つけようにも、変わりようが無かった。  巷では自殺が流行しているらしい。自分も続こうと思って、身を投げるのであった。 「勿体無い」と、後ろで呟かれた。こんな所に人の来るはずが無いのである。夜の海辺、この真っ黒な潮の内に、もはや初めから無かったかのようにして呑み込まれてしまおうという所である。何が勿体無いと言うのか。 「せっかくこんな良い世の中になったのに。どうして死のうと言うのか」  美久は堪え切れずに振り向いてみた。そこに立っていたのは、腰を少々曲げた老人であった。 「永遠に成長しなくとも良い、ただ遊び呆けていれば、それで済むのに。それなのに、寿命の尽きる前に、死ぬというのか」  美久は話をするのも無駄だと心得て、くるりと崖の方へ向き直った。老人は首を傾げた。 「若者の考えることは分からんの」  美久には途端に、何だか全部が馬鹿らしく思えてきた。真剣に悩んで死のうと思っていた自分が、滑稽だ。見るからに、この老人には未来が無いのである。希望など、どこにも見当たらないのである。ところが、当たり前のように、これからも生きていくつもりでいる。  もう一度振り返ると、老人はのそのそと帰っていく。美久はそれを大股で追いかけて、その肩に手を置いた。「ん?」と老人は鷹揚に首を回した。美久はその途端手に力を込めて、老人を転がした。それから、うめく老人を蹴って押して、とうとう崖から落としてしまった。美久は呆然と立ち尽くした。そこへ、 「おじいちゃん!」 という子どもの叫び声が聞こえて、美久はハッとして、すぐさまそこを飛び降りた。  拓人は誰からも賞賛されなかった。予想外である。しかし、考えてみれば当然である。何度も何度もやって、それでようやく勝ったのである。その上、ほとんどの実力者が大会の出場にも飽きてしまって、出なくなったのである。拓人はしかも二、三反則をした。それも、大会の運営側がやる気を無くしている所為で、可能なことなのである。  何ら変わらないと見るや、拓人はあらゆる物事への興味を失ってしまった。もう輝こうとするのはやめにした。残りの人生、好き勝手に——好き勝手に生きるのなら、適当に楽しいのが良いのに決まっている。拓人は何でも楽しそうなことを選び取り、ただ幸せに感じられるよう生きていくことを決めた。  けれども数週間後には、やるせない日々を送ることとなる。拓人には、もう何事に対しても、一歩踏み出す勇気が無かったのだ。
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