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わななく声がみっともなくて、喉に力を込めたけれどちっとも効果はなかったみたいだ。
「俺はただ知りたいだけだよ。目の前の女の子が何を思ってこんなにピーピー泣いてるのかって」
その言葉に彼女はむうと口を引き結んだ。
抗議するために顔を上げると、目の前には月夜の鴉みたいな少年がいた。
黒い髪、黒い瞳、黒づくめの服に黒い靴。夜から編み上げて瞳に月の光をひとしずく垂らした少年。
「やあ、やっとこっちむいてくれた。こんばんは。俺は織歌。あなたのお名前は?」
頭の片隅でシンシアは咄嗟に少年―織歌の身元について思考を巡らせた。このエリアに居住する人は大概機構に勤める職員だ。ということはこの少年も―?いや一見してまだ未成年だから多分その家族とかだろう。とはいえシンシア自身13歳から仕事でここにいる身だ。ありえない話ではない。
シンシアは服の上から胸に下がるペンダント形の市民証をそっと抑えた。職員証、財布、保険証、パスポートその他一切の身分証明を果たすこれにはGPSが搭載されており、不審な人物が近づくと通知が行く仕組みが施されている。今のところ特に何も反応はないので、ひとまず警戒を緩めたシンシアは自分の名を答えた。相手は名乗ったのだから、自分も返すのが礼儀だ。
「…シンシア」
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