手袋をした少年

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冬も近いある日サラは泉水の淵に座り風の歌を聴いていた。 窓の向うにいる彼女は一段と存在感が希薄だ。 薄い衣をまとって目を薄く閉じている姿は、眠っているような、また何事か呟いているようなさまだった。 ミルは淡い黄色のマフラーを家からとって、ドアを開き外に出る。ふと立ち止まった。のたりとした頭に鈍い問いが浮かぶ。 自分はなんのためにこんな行動をとっているのか。このマフラーで何がしたいのだろう。 黄色いマフラー。軽やかであたたかい。それは抱きしめたい何かの空蝉に似ている。 ミル、と呼ぶ声のおかげでようやく意識を取り戻した。 ああじぶんは今なぜ忘れられるのだろう? 自分の躰に動くよう強いて求める。なぜならば自分は、あの日に日に軽く冷たくなってゆく片割れをあたためたいからだ。 この想いは自分の内側から湧き出した、誰に命ぜられたわけでもない自然な感情だと、信じなければやってられない。 ほんの十数歩の小径がはてない旅と釣り合うほどに感ぜられた。 ふと花の香りがした。ひそやかに零れる雫をうけてひらく花のかおり。ユキノシタ? サラがミルににっこりと笑いかける。 その瞳の色もまた日を追うごとに薄くなって行って、空を映す水面のように静かだ。 「やあ。さむくはないの?あと数日でゆきがふるよ」 たなびくマフラーを持って近付く。彼女に掛けたい。うでを伸ばして。広げた輪の中にその身を包み込むように。 「風がきもちいいの」 「……。」 かかげた腕が行く先を失ってしまったという音のない哀しみが、静かに、重く響いた。おそらくはこの先永遠に。 「ミル?」 「君には、ぼくという熱はもういらないんだね」 そんなこと、と取り乱したようにサラは言って、しかし先を続けることはできないのだ。 「そうなんだね?」 小さく嘆息し、回らない頭を蹴とばしてひとことひとことをしぼりだす。 「ぼくたちはお互いにずいぶんちがったものになってしまった。むかし共に歩んでいた道は、いつのまにか重なっているようでその実とても遠いふたすじへと分かれてしまったね」
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