手袋をした少年

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手袋をした少年

誰も知らない秘密の庭があった。 庭には小さなブランコと四季の折々に香る花木が風に揺れていた。 小道の先には涸れ果てた泉水があり、二人だけの家があった。 家は三角錐の塔の形をしていて、遠くから見ると地面にぽんと置かれたとんがり帽子のようだった。 帽子の下に住んでいたのはサラとミルだった。 ふたごの姉と弟だった。 二人は帽子を「賢者の塔」と呼んだ。 ミルはいつも手袋をしていた。 それはどちらからということもなく、直接触れることが不都合だといつしか了解したからだった。 「ためしにさわってみようか」 木の葉が色づくころ、リンゴを拾いながらサラが冗談めかして言う。 「ミルのストイックなくびすじはとっても興味があるな」 するりと上衣の襟に差し込まれた手をミルは寸前で掴んだ。 「…どうしてそう自殺願望じみた言動をするんだよ」 サラは時折無責任なところがあり、ミルの自制心を削り取る名手だった。ミルは傍に落ちていた小鳥の柔らかな胸毛を拾うと、手袋を外して両手で包み込んだ。彼のからだはいつもサラよりも温かいのだ。 「ほら。羽毛に熱を移したから」 サラは羽根を受け取るとそっと頬にあてた。 「ああ。君はあたたかいね」 何年も前から続く毎日の中のささやかな、しかし厳格な儀式だった。 それでも昔は随分と一緒に触れあったものなのにね、とサラは呟く。 二人がまだひとしかったころ― 幼い二人はこの庭のあちこちで転げまわり、草いきれの中弾む笑い声を互いの眩しい瞳の中に隠しあったものだ。 今でもそこここに色濃く気配がたちこめている。 いくら泥だらけの手を握り合っても、汗の滲む二人の手はどこまでも同じあたたかさだった。 庭は変わらない。 変わってしまったのはサラとミルの心、そしてその器たる肉のほうなのだ。
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