第3話(前):裁縫セット

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 ある私立中学の購買店——『Bamboo(バンブー)』。  朝九時半から夕方四時まで営業。  正面玄関に入って、突き当たりを右へ数十メートル。駅中コンビニくらいの規模で、教室一部屋借りてやらせてもらってます。  おにぎり、サンドイッチ、肉まん、あんぱん、ワンコイン弁当までなんでもあるよ。紙パックにアルミ缶、ペットボトルはもちろん、ゼリー飲料や栄養ドリンクも並んでます。勉強の合間にチョコレートはいかがですか〜、友達(ダチ)と一緒にチューイングガムとか噛みませんか〜。  もちろん食べ物だけじゃない。学生生活に必要なものは当店ではかなり揃ってます。文房具、腕時計、タオルに絆創膏。大きな声では言わないけど、女子には生理用品もご用意あります。  さあ寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。  本日も『Bamboo(バンブー)』、開店で〜す。 ===== 「近年では中学の授業に『道徳科』が加わりましたけれども……」  開店してまもなく購買にやってきた女子生徒が、 「この町では道徳や倫理などまるで意味を為さないと私は思っていますの」  そんな正論をこぼしながら、レジカウンターに商品を置いたのだった。  あたしの記憶違いでなければ、その女子生徒は初めて購買にやってきたお客さんだった。  紺色ブレザーの袖口から覗かせているのは、明らかに学校指定のものではない白フリルだ。履いているスカートも制服のそれではなく、自前と思わしきロングスカート。おそらくドレスを着るときみたいな、スカートを綺麗に見せるパニエも中に履いているだろう。  どこかのお城で暮らすお姫様みたいな格好をした女子生徒の、髪型もまるで取り繕われたお人形さんだ。ツインテールのおさげにぐるんぐるんなパーマを掛けてある。  あ〜あ……ストレートパーマ派のあたしとは、ちっとも趣味が合わないオンナなんだろうなあ。 「道徳の授業は『特殊能力病(アブノーマリティ)』じゃなくてもあんまり意味ないと思うけどね」  あたしは商品にバーコードリーダーを通しながら、 「どうせ教わるんなら『投資』っしょ。高校からなんて言わず、義務教育の時から資産運用を教えてくれれば良いのに」  女子生徒が買い上げたのは『裁縫セット』だった。  いかに異常な学校といえども、家庭科の授業はちゃんとあるらしい。金属バットや爆竹と比べれば、この道具の学校での出番はそこそこあるだろう。  すると女子生徒は財布を出しながら、 「経営にしても資産運用にしても、利潤の生み出しかたは各々が思案し工夫して然るべきですわ」  反論してきた。 「教育機関から受動的かつ統括的に教わる内容など、たかが知れていますわ。己にとっての損得勘定、現代社会への適応。いち人間として習得するべきスキルは、いつだって己の意志と知恵で磨くものです」 「はあん……なるほどねえ」  言い方こそ生意気だったが、正論もはなはだしくってつい頷いてしまった。  そして女子生徒がリボンの付いた財布から取り出してきたのは、金色のクレジットカードだった。現金と交通系ICカードしか対応していないと伝えると、 「でしたらお父様に伝えておきますわね。当店の支払い方法を来週から多様化するように」 「……お父様? 当店?」 「ええ。当店は父が代表取締役を務める『竹島(たけしま)グループ』が運営していますので」  ——ま、まじか!  このお嬢さん、購買(ここ)株主(オーナー)のご令嬢かよ! あっぶな、うっかりいつもの調子で「なにが当店だよ、ここはおめーの店じゃねえよ」とか言い返すところだったわ!
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