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あたしの内心の焦りが届いてしまったかどうかは知らないけれど、女子生徒は買い上げた裁縫セットをおもむろにカウンター上で広げ始める。
「あなた、アルバイト? 雇用されたのは年度始めからですの?」
金平糖みたいな可愛らしい色をした待ち針を持ち上げて、
「お初にお目にかかりますわ。私、竹島麻里亜と申します」
竹島麻里亜と名乗った女子生徒は、針の先端を自身の手首にあてがった。
ぷつっ、と小さな音を立てながら針が肌の内側へ食い込む。
「……は?」
突然の自傷行為に、さすがのあたしもドン引いてしまう。
しかしなぜか突き刺した手首からは、一滴の血も流れてこない。針が通された皮膚からするすると引き出されていくのは半透明な『糸』だった。
あ〜、なるほど。それがお嬢さんの『病状』か。
皮膚から紡がれる無限の『糸』。
なるほど、容姿と名前に一糸の違いもない——『操り人形』そのものみたいな能力じゃないか。
===
自ら糸を引き出した麻里亜が、見る見るうちに糸で『人形』を生成していく。
どうやら麻里亜は操られる側ではなく、人形を操る側らしい。
「人形、なんに使うの?」
ふと気になって問いかければ、麻里亜はさも当然のように答えた。
「殺すんです」
「……今から?」
「ええ」
——いったいあたしは。
麻里亜が続けた次の言葉に、どんな顔を返せば良かったのだろう。
「三都実咲を殺すんです」
「……」
「私もいい加減、堪忍袋の尾が切れました。小学校からのよしみと思い我慢を重ねていましたが、中学に進学してからの彼女の動向には目に余るものがございます」
「…………」
「笠音さんとかおっしゃる姉のほうも気になりますが、あちらは『無能力者』とのことですから、まあ後からなんとでもなるでしょう。まずは『竹島グループ』の次期CEOとして、長きにわたる『三都グループ』との冷戦に終止符を打たなければなりません」
真顔で淡々と言葉を紡いでいるうちに、カウンターでは何体ものマリオネットが完成していく。
針を裁縫セットにしまった麻里亜が、廊下に全く似合わない厚底ブーツをカツンと鳴らして。
「それではごきげんよう、購買のお姉さん」
——毎度ありがとうございました、という挨拶すら言い損ねてしまう。
颯爽と歩き去ったドレス姿の戦乙女を、あたしは呆然と眺めるしかなかった。
ここは私立中学の購買店——『Bamboo』。
麻里亜の宣戦布告によって今から繰り広げられるであろう、財閥令嬢同士、能力者同士の争いの兆しを知っているのは、きっとこの校内であたしだけなんだ。
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