第3話(前):裁縫セット

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 あたしの内心の焦りが届いてしまったかどうかは知らないけれど、女子生徒は買い上げた裁縫セットをおもむろにカウンター上で広げ始める。 「あなた、アルバイト? 雇用されたのは年度始めからですの?」  金平糖みたいな可愛らしい色をした待ち針を持ち上げて、 「お初にお目にかかりますわ。私、竹島麻里亜(まりあ)と申します」  竹島麻里亜と名乗った女子生徒は、針の先端を自身の手首にあてがった。  ぷつっ、と小さな音を立てながら針が肌の内側へ食い込む。 「……は?」  突然の自傷行為(リストカット)に、さすがのあたしもドン引いてしまう。  しかしなぜか突き刺した手首からは、一滴の血も流れてこない。針が通された皮膚からするすると引き出されていくのは半透明な『糸』だった。  あ〜、なるほど。それがお嬢さんの『病状』か。  皮膚から紡がれる無限の『糸』。  なるほど、容姿と名前に一糸の違いもない——『操り人形(マリオネット)』そのものみたいな能力じゃないか。 ===  自ら糸を引き出した麻里亜が、見る見るうちに糸で『人形』を生成していく。  どうやら麻里亜は操られる側ではなく、人形を操る側らしい。 「人形(それ)、なんに使うの?」  ふと気になって問いかければ、麻里亜はさも当然のように答えた。 「殺すんです」 「……今から?」 「ええ」  ——いったいあたしは。  麻里亜が続けた次の言葉に、どんな顔を返せば良かったのだろう。 「三都実咲(さんとみさき)を殺すんです」 「……」 「私もいい加減、堪忍袋の尾が切れました。小学校からのよしみと思い我慢を重ねていましたが、中学に進学してからの彼女の動向には目に余るものがございます」 「…………」 「笠音(かさね)さんとかおっしゃる姉のほうも気になりますが、あちらは『無能力者(ノーマリティ)』とのことですから、まあ後からなんとでもなるでしょう。まずは『竹島グループ』の次期CEOとして、長きにわたる『三都グループ』との冷戦に終止符を打たなければなりません」  真顔で淡々と言葉を紡いでいるうちに、カウンターでは何体ものマリオネットが完成していく。  針を裁縫セットにしまった麻里亜が、廊下に全く似合わない厚底ブーツをカツンと鳴らして。 「それではごきげんよう、購買のお姉さん」  ——毎度ありがとうございました、という挨拶すら言い損ねてしまう。  颯爽と歩き去ったドレス姿の戦乙女(いくさおとめ)を、あたしは呆然と眺めるしかなかった。  ここは私立中学の購買店——『Bamboo(バンブー)』。  麻里亜の宣戦布告によって今から繰り広げられるであろう、財閥令嬢同士、能力者同士の争いの兆しを知っているのは、きっとこの校内であたしだけなんだ。
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