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「お疲れ様です、購買のお姉さん」
閉店間際に現れたのは、一人の女子生徒だった。
購買はだいたい昼食休みの時間帯が混んでる反面、開店したてと閉店間際ではがらりと人気が少ないことが多い。
この女子生徒は、そんなガラ空きの時間帯を狙ってか否か、だいたい同じような時間にふらりと現れる。
「やっほ〜、笠音ちゃん。学校は慣れた?」
今日も可愛いねえ、笠音ちゃん。常連さんだから名前も覚えてしまった。紺色のブレザーと赤いリボンが、彼女の黒髪にはよく似合う。
中学生にしては大人びた顔立ちの、まつ毛が長い女の子。
「ぼちぼちですね。ただ、学級委員にはなりました」
笠音は答えた。いかにも真面目そうな、凛とした声が可愛いだけでなく格好良さも演出している。
それにしても学級委員か……まあ、四月だからね。班決めとか委員会決めとか、やることはいっぱいある時期だよね。
「へえ、すごいじゃん! 頑張って〜」
「そうですね。これからが本番です……まずはクラスのトップから。近いうちに学年のトップにもなって、私は必ずこの学校、全校生徒の『女王』になります」
『女王』——この私立中学の頂点である証。
この学校にはすでに、『帝王』と呼ばれている生徒会長がいるけれど、今は『女王』のほうは空席だった。
なにせ、つい最近まで『女王』と呼ばれていた生徒は、この春に卒業してしまったのだから。
「それで、購買のお姉さん」
笠音は額に手を当て、たずねてくる。
「金属バットは売ってますか?」
白くて細い指先が触れていたのは、額に貼られた絆創膏。市販の小さいやつではない、ガーゼと大差なく大きい正方形。
額だけではない。見える範囲だけでも、笠音の肌のあちらこちらに絆創膏や包帯が貼られたり巻かれたり。……あちゃあ、編入してたったの三日でこの有り様かあ。
「もっちろん!」
笑顔で応対したあたしは、購買のカウンターから少しの間離れ店奥へと消える。まだ店内に並べていない商品が詰まった段ボールが積み上がった、その壁際に立てかけておいた金属バットに手を伸ばした。
バット片手にカウンターへ戻ってきたあたしは言った。
「バットや木刀は学校じゃ必需品だからね〜。丸腰だといつ後ろから殴られるか分かったもんじゃないし」
「そうみたいですね。私もつい先週、クラスの男子に蹴られたばかりなので……」
先週? いやいや。その様子じゃあ先週だけじゃないんだろ。
ていうか編入してきたのって三日前でしょ? 先週ってことは、もしかして新学期が来る前からクラスメイトに絡まれたって話?
「やられたら百倍返しは鉄則だかんね。これ、校則レベルの常識だから」
「いや、私は反撃するつもりは……ただの護身用です。でも私、バットなんて体育の授業でしか振ったことないですね」
優しい子だなあ、とあたしは静かに嘆いた。
なんで笠音ちゃんみたいな可愛くて優しい子が、こんな物騒な中学に編入してきちゃったんだろう。違う町に移るか、せめて公立中学に行くべきだ。
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