第1話(前):金属バット

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 ——この町もこの学校も普通じゃない。  国家指定を受けた『特殊能力病(アブノーマリティ)』を持つ人間が住民の大半という異常地域。  隔離された閉鎖的な町の、能力者たちだけで構成された私立中学。  そんな物騒な学校に今年度から編入してきた笠音が、手渡された金属バットをしげしげと眺めながら呟いた。 「……私の腕力でちゃんと振れるでしょうか」  細くて白い指、そして腕。ああ、手首にも包帯だ。いつか骨が折れたりしないと良いけど。  確かに笠音ちゃんでは重すぎるかも、とあたしは思案して、 「だったらこれとかオススメだよ」  あらかじめ壁に立てかけておいた、もう一本のバットを取り出す。 「金属製だけど、持ち手が長めだから少ない力で振り下ろせるの。これ、『Bamboo(バンブー)』がスポーツ用じゃなくて、タイマン用に独自開発したらしいんだ」  笠音がバットを持ち替えるなり、おお、と感嘆の声を漏らす。  重さはそれほど変わりなく、それでもずっと遥かに持ちやすくて振り下ろしやすい。重さはあんまり妥協してはいけない。相手に叩き込むダメージも減ってしまうからね。 「こんなものがあるんですね」 「バットだけじゃないよ。グローブとボールもオリジナルブランドで揃えてあるから。ほら、このグローブなんて……」  あたしは足元に置いておいた段ボール箱から、グローブを取り出す。見た目は野球で使うものと大して変わらない。 「触れた相手に電気ショックを与えられるんだよ。相手によっては気絶するし、耐性があっても多少は動きを鈍らせられる」  自らグローブを嵌めてみせ、ばちばちと、明らかにやばい音がしている皮を見せてあげる。  実はこれ、笠音ちゃんのために取っておいたやつ。いずれは買いに来るだろうと思ってね。 「なるほど……でもそれ、相手に触れたらの話ですよね?」  笠音が顎に手を当てながら、 「私に喧嘩売ってきた男子、『風』使いなんですよ。近づく前に吹き飛ばされてしまいそうです」 「接近できないなら飛び道具だ!」  すかさずあたしは、別の道具を取り出した。  これも段ボールに入っていたやつ。笠音ちゃん用。あたし、笠音ちゃんのこと結構応援してるから。笠音ちゃん贔屓な店員なんだ。 「このボールはすごいよ。投げた球の『弾道』を設定できる。投げるのに自信がない人でも安心設計」 「へえ……そんなものもあるんですね」 「でも気を付けて、一度手放したら弾道は変更できないからね。相手が『重力操作』持ちだったり、プログラムの『ハッキング』ができるような奴だと、最悪ブーメランみたいにボールがこっち飛んできたりするから」 「重力操作できる生徒がいるんですか?」 「あたしの学年(タメ)にはいたね。あれ、まじで初見殺しだから気を付けて」  なるほど、と納得して頷く笠音。  そう、この学校では自衛手段なんて選んでいられない。  あらゆる埒外の能力を有した生徒たちが、全校生徒の頂点を目指して潰しあう地獄の学校だ。  ましてや『女王(クイーン)』が不在の今は、生徒会や風紀委員の統制もなかなか取れず、派閥争いがあちこちで激化している。早いうちに新たな『女王(クイーン)』が生まれなければ、いずれは学校崩壊する日も近いだろう。  だから——もしも。  この編入生が、『女王(クイーン)』に就いてくれたなら。
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