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第一話 秘密の関係
夢だった教師免許を取得して数年が経つが、未だに教壇に立つ事なく、カウンセリング室が主な勤め先になっている。
「圭吾さん、おはようございます」
「おはよう。って、学校では瀧澤先生って呼んで下さいね、影宮さん」
里桜は高校を卒業してから、教育科のある大学に進学し、高校教師の免許を取得して母校であるこの高校に戻ってきた。
「ごめんなさい、瀧澤先生。つい」
「仕方ないですね、影宮さんは」
高校での二人の関係は秘密にしている。教員同士の恋愛に関しては自由とは言うものの、あまり知られてしまうのも良くないと考えたからだ。
「後で、カウンセリング室に行っても良いですか」
里桜が高校に戻ってきて一ヶ月程が経ち、何かと付けてはカウンセリング室に来たがっては少し困っていた。
「来るのは構いませんが、しっかりお仕事して下さいね」
その度にそう言って微笑んでみせる。
「はい、わかりました。それじゃ、また後で行きますね」
里桜は手を振って校舎の中に入っていく。
「おはようございます、瀧澤先生。今日も朝から見せつけてくれますね」
「いや、そんな事ないですよ、佐野先生。貴方の奥さんとの関係には負けますって」
いつの間にか、敦は副担任から二年生の担任を任せられるようになり、教師としての実力を付けていた。
「じゃ、今日は終わったら瀧澤先生の家に行くのでよろしくお願いしますね」
敦は佐々木さんと結婚して子供もいるというのに、暇を見つけては俺のマンションに酒を大量に持って押しかけてきていた。
どうやら、敦は自宅で呑むと佐々木さんと子供に絡み始めてしまうらしく、それが佐々木さんはうるさく感じているみたいだ。それなら呑まなければ良いのにとも思うが、独身生活が長かったせいかそれもなかなか出来ないらしい。
「今日は予定があるので遠慮してもらえますか」
「何だよ、予定って。あ、そうか、影宮だな。そうだろ、圭吾はそうじゃないと断らないもんな。ほんと、親友の俺より優先させるくせに、いつまで結婚しないつもりなんだよ」
敦が俺の肩に腕を置き絡んでくる。
「確かにそうだけど、里桜だってせっかく教師になったんだし、俺なんかより、生徒達を優先させて欲しいんだよ」
敦にしか聞こえない程の小さな声で話す。
「ま、同僚としては良い答えだな。影宮は頑張ってるし、生徒にもそれなりに人気あるし。特に男子生徒にな」
「里桜は可愛いし、性格も良いんだから当たり前だ」
里桜がここの生徒だった頃には言えなかった事を言ってみる。
「何だよ、惚気やがって。じゃ、そろそろ行くわ」
「ああ」
敦は職員室に入っていき、俺はカウンセリング室の鍵を開けて中に入り、白衣を着て珈琲を淹れるといつのもの定位置に腰掛ける。
最近は昔より、カウンセリング室に来る生徒も減り、少し寂しく思っていた。それでも悩みがないのは良い事だと考え直して日々の仕事をこなしている。
「圭吾くん、来ちゃった」
「あ、いらっしゃい。杉原さん」
昼休み、少し早めに昼休憩を済ませてしまった俺は書類整理をして過ごしているといつも元気な杉原さんが遊びに来てくれた。
「いつも言ってるけど、美優莉で良いよ」
杉原さんを見ていると、昔の佐々木さんを思い出す。
「僕は一応ここの先生ですよ」
微笑みながらそう返すと杉原さんは、圭吾くん、せっかく顔は超格好いいのに真面目すぎてつまんないと言った。
「ははは、そんな事言われてもねえ。困りましたね」
「ま、圭吾くん、格好いいから性格がつまんなくても許してあげる。だから付き合ってよ」
その流れでいけると思ったのか。どっちにしても断る以外の選択肢はないのだけれど。
「僕だから良いけど、そんな事他の男の人に言ったら駄目ですよ。それと、付き合う事も出来ません」
「え、じゃあ圭吾くん、付き合ってる人居るの?」
本当は居ると言いたい所だが、秘密にしている以上はそれも出来ないか。
「居ませんよ。でも、駄目です。杉原さんは僕みたいなおじさん止めて歳の近い人と付き合ってなさい」
「ええ、やだ」
佐々木さんと違うのは少ししつこいと言う所か。
そんなやりとりをしていると昼休みの終わりを知らせる予鈴が鳴り始める。
「ほら、そろそろ授業が始まりますよ。次は体育でしたよね。佐野先生、厳しいんだから早く行かないと」
「あ、そうだった。じゃ、またね、圭吾くん」
慌ててカウンセリング室を出て行く杉原さんを見送り、一息つく。
ー続くー
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