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第六十五話 好きという感情
「どうしたんだろ」
少し気になって美影から離れると、ちょっと様子見てくると言って泰叶の自室に行ってみる。
「泰叶、大丈夫?」
扉を軽く叩き扉越しに話しかけてみる。
「父ちゃん。別に大丈夫」
「元気ないみたいだけど」
扉が開き、泰叶が笑って出てくる。
「何言ってるのさ、俺は元気だよ?」
何となく無理矢理笑っているように見える。
「花音ちゃんとなんかあった?」
帰ってきてから様子が変だし、何かあるとすればきっと花音ちゃん絡みだろうな。
「べ、別に何もないって」
少し顔が赤くなっている。
「話なら聞くよ」
あまりしつこくするのも何だし、これで話してくれなかったら聞かないでおこうかな。
「えっと、父ちゃん。ちょっと中に来て」
泰叶に腕を引かれて部屋の中に引き込まれる。
「そこ座って」
そしてベッドに座らせてくる。
「父ちゃん、あのさ、好きって何」
突然そんな事を聞かれて返答に困ってしまう。
「花音に好きって言われて、その、キスされた」
顔を赤くしながら真剣に話してくる。
「そうなんだ。泰叶は花音ちゃんにそう言われてキスされてどう思ったの」
「どうもこうも、よくわからなくて。その、父ちゃんや母ちゃん、それに月夜の光の兄ちゃん達とか好きだよ。花音のことも、別に嫌いじゃないし、気の合うやつだなって思ってた。でも、花音にとっての俺は、そういうものじゃないのかなって」
まだ幼いと思っていた泰叶も、そういう事で悩む時が来たんだな。
親としては嬉しい反面、まだ早い気がして複雑だ。
「なあ、父ちゃん。母ちゃんを好きな気持ちって俺に対する好きとは違うのか」
難しくて答えづらい質問だな。小学生の泰叶にもわかるように説明できるかな。
「半分は同じで半分は違うかな。泰叶にはまだわからないかもしれないけど、お父さんがお母さんに感じる気持ちはね、一緒に居るだけで幸せだなあって心が温かくなって、安心するんだ。もちろん、泰叶や美夢も好きだよ。でも、お父さんにとってはお母さんが一番で自分の隣で笑っていて欲しいなって思うんだ」
やっぱり、説明するのは難しい。こんな言葉じゃきっと泰叶はわからないよな。
「よくわかんないけど、一緒に居ると安心する相手が好きって事か。好きとかキスされて驚きはしたけどそれ以上でもそれ以下でもなかったし」
泰叶はそう言いつつ納得したように頷く。
「そのうち、泰叶にもわかる時がくるよ。一緒に居て欲しい、笑っていて欲しいって思える相手が。お父さんがお母さんに出会えたように。あと、花音ちゃんには泰叶の素直な気持ちを話してあげて」
「わかった、そうする」
花音ちゃんとの関係が崩れてしまうのは少し残念に感じるな。でも、仕方ないことか。ここで何もしないって言う選択をするのは違うと思うし、そこはちゃんと教えていかないといけないし。
それから数日後、泰叶が花音ちゃんとちゃんと話して仲直りしたと聞いた。
そんなある日。翔さんから美影を連れてライブハウスに来いと呼び出された。
「何の用事だろ。俺だけなら多分仕事のことなんだろうけど」
泰叶と美夢を楓姉ちゃんに預けて、美影を乗せた車内で不思議に思ってそう呟く。
「何だろうね。きっと大切な話だと思うよ」
「ま、それもそうだね」
そんな話をしながらライブハウスに到着した。車を駐車場に止めて美影を車椅子に乗せてから中に入る。
「翔さん、来たよ」
スタッフルームの扉を開ける。そこに居たのは翔さんの他に何処かで見覚えのある人だった。
「よお、何年ぶりだな。元気にしてたかよ」
「翔太先輩、何でここに」
どうして。
翔さんと知り合い?
「え、陽介くん、今なんて言ったの。翔太先輩って言った?」
美影が驚いて聞いてくる。
「翔さん、どういうこと?」
「何だ、陽介に美影ちゃん。こいつと知り合いだったのか。俺とこいつは幼なじみでな。今は音楽関係のプロデューサーしてて。今後、月夜の光を大きくする為にちょっと手伝って貰うことになって」
翔さんはそう言いつつ親しげに翔太先輩の肩を叩く。
「そうなんだ。わかった。それじゃ、美影には関係ない話だよね。悪いけど、美影は車に戻ってて貰うからちょっと行ってくる」
そう言って美影の車椅子を押してその場を後にしようとする。
「美影ちゃんにも居て欲しいんだよ」
翔さんに腕を掴まれてしまった。
「陽介くん、私なら大丈夫だよ」
美影にもそう言われてしまい、我慢した。
「わかった。じゃ、早く話し終わらせよ」
上手く笑うことが出来ない。こんなところで会うとは思いもしなかった。
ー続くー
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