第六十八話 親友の愛用ギター

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第六十八話 親友の愛用ギター

 「今日はもう話は終わりで良いよね。美影とあの人、これ以上会わせたくないし、そろそろ帰るから」  「いや、これからちょっと陽介には歌って欲しいんだ。高橋がお前の歌、生で聴きたいって言ってて」  どうしても歌う気分にはなれない。別に仕事だから歌うことに関してはなんとも思っていない。だけど、美影を早く連れて帰りたい。  「じゃあ、美影を一度家に連れて帰ってからでも良いでしょ。ちゃんと戻ってくるからさ」  「何渋ってんだよ。別に今は何もしねえよ。それとも不安なのか。俺が美影を口説くかもって」  翔太先輩が戻ってきてしまった。思わず美影を守ろうと翔太先輩の前に立つ。  「そんな敵対心燃やさなくても、今は何もしねえって。もう少し気持ちに余裕を持ったらどうなんだ。美影の旦那様」  やっぱり大嫌いだ、この男。  「おい、高橋。あんまり陽介を刺激するな。お前と美影ちゃんの過去に何があったかなんて知らないし、聞かないけど、これはビジネスだ」  「まあ、それもそうだな。月夜の光がトップ取るまでの間、よろしくな、陽介」  翔太先輩が握手を求めてくる。その手を握り返すことなくまた睨む。  「陽介もいい加減にしろ。お前は月夜の光のなんだ。大切なメンバーの一人だろ。プロとして、大人としての行動をしろ」  「だって、翔さん」  翔さんは何も知らないからそんな事が言えるんだ。大学時代、この男のせいで美影がどれだけ傷ついたか。  「わかった。陽介くんがそうするなら私が代わりに挨拶するから。翔さん、ごめんなさい。私を先輩のところに連れて行って貰えますか」  美影の声が冷たい。そして翔さんが美影の車椅子を動かして翔太先輩のところに連れて行ってしまった。  「先輩、私の旦那様のこと、よろしくお願いします。陽介くんは本当に歌がうまくて、人を元気にする力があると私は思っています。だから、そんな彼の歌をみんなに届ける為に先輩の力を貸して下さい」  「美影、お前、本当にいい女になったな。この俺が惚れそうになったわ」  翔太先輩が美影の頭を軽く撫でた。  「嫌ですよ。先輩に惚れられたくないです。私は、陽介くんの為に先輩に言ってるんです。陽介くんが輝ける場所が一つでも増えて欲しいから」  美影がそう言いつつ微笑みながら撫でている手をどけた。  「翔太先輩、頑張りますからこれからよろしくお願いします」  そんな彼女の姿に、俺はそう言って頭を下げた。  本当は頭なんて下げたくなかった。だけど、仕方ない。美影がそれを望んでいる。  「よろしくな」  軽く肩を叩かれる。  「じゃ、ちょっと歌ってくれや。曲はそうだな。それでも君の声をが良いかな。翔平から聞いた。その曲、お前が歌詞書いたんだってな。しかも、美影のプロポーズにも使ったって」  凄く恥ずかしい。なんてことを教えるんだよ、翔さんは。  「美影も聴きたいだろ」  翔太先輩に言われた美影は素直に頷く。  「わかりましたよ。歌います」  「あ、わかってると思うけど、弾き語りな。翔平、ギターの予備ぐらいあるだろ」  翔さんは、ある、持ってくるからステージで待ってろと言った。  「でも俺、ギターは」  「陽介くん。ギターは下手だから弾きたくないなんて言っちゃ嫌だよ?」  先回りして美影に言われてしまって渋々弾くことにした。  本当に美影には叶わないや。  ステージで待っていると翔さんが昔健が愛用していたギターを持って来た。  「それ、健が大学の頃から大事にしてたギターじゃ。俺なんかが借りて良いのかな」  「大丈夫だ。健には許可貰ってる。それに、ソロデビューの話、一番乗り気だったのは健だ。陽介の歌はバンド内だけで収まるわけない。陽介の歌に惚れてるのはメンバーの仲じゃ自分が一番だからって」  健の言葉は嬉しい反面凄く恥ずかしい。  「わかった、借りる。チューニングするから待ってて」  翔さんからギターを受け取り、チューニングを始めようとしたけど、する必要がなかった。  「翔さん、このギター」  「昨日、健がチューニングしてた。陽介の為にこれぐらいはしてやりたいって」  チューニングしている健の姿が思い浮かんで小さく笑う。  「そろそろ歌って見ろよ」  「わかりました」  スタッフルームを出て、ステージに上がり椅子に腰掛けギターを弾き始める。 ー続くー
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