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第七十話 過去の人に嫉妬
「陽介くん、泰叶と美夢を迎えに行ってまっすぐ帰るの、やめよ?」
信号で車が止まった時、美影にそんな事を言われる。
「えっと、私がこんな事言っても陽介くんの気持ちが晴れるとは思えないけど、少し休憩したいな。それで、私は陽介くんのだって私にいっぱい痕をつけて?」
その言葉だけて苛立っていた気持ちが何処かに吹き飛んだ。
「本当に美影は俺の事、よくわかってるよね。どうすれば俺の機嫌が直るかって」
「そんな事ないよ。ただ、私が陽介くんにして欲しいことを言っただけ」
可愛い、可愛すぎるよ。駄目だ、早く行こう。美影をめちゃくちゃにしたい。
車を駐車場に止めて降りる。
「歩いて行くよ」
「わかった。じゃ、辛くなったら言ってね」
歩いてフロントまで行き、部屋を決めて中に入る。
そして二人でベッドに腰掛け、美影を抱き寄せた。
「あのね。陽介くんが私にいつまでも嫉妬してくれるの嬉しいの」
そんな当たり前のことを言われて身体を少し離し、美影のことを見る。
「前に、岩崎くんのこと話した時も嫉妬してくれたでしょ。あの時も嬉しかったんだ」
「そりゃするよ。美影が俺以外の男を褒めたりしたら嫌だもん。たとえメンバーでも」
素直にそう返すと美影が小さく笑った。
「しかも今回は翔太先輩で元彼だよ。美影が一度でも好意を持った相手だし、嫉妬しないわけないじゃん」
俺の言葉に、もう、十年以上も前のことなのにと美影が返してきた。
「そんなの関係ないよ。過去の美影が確かに好きだった人。それを否定する気はないけど、それで俺が嫉妬するのは自由でしょ。美影は今も昔も本当に可愛くて、未だに少し不安になる。本当はね、俺や泰叶、美夢以外の人と関わって欲しくないぐらいなんだ。まあ、そんなの重いと自分でも思うから縛り付けたりはしないけどさ」
「そんな事ないよ。私なんて全然可愛くない。陽介くんだって大学時代も人気あったけど、今は人気バンドのボーカルだよ?」
「それも全部美影のおかげ。美影がいなきゃ俺はバンド活動はしていなかった。じゃ、そろそろ話は止めて始めても良い?」
美影が頷くのを確認して優しく口づけをしながらベッドに押し倒す。
「めっちゃ久々だね。美影から誘ってくれたの死ぬ程嬉しい。ありがと」
「うん、何だか今日は陽介くんでいっぱいにして欲しくて」
駄目だ、可愛い。可愛すぎる。
「ねえ、陽介くん。大好きだよ?」
「俺も大好き。もう、話さないで。本当に理性が飛びそうになる」
そう言いながら今度は深く口づけをした。そして体中に口づけを堕としていく。
彼女の身体を感じるように肌を重ねていった。
それから数日が経ち、初めてのボイストレーニングの日が来た。
先生は自分より一つ上で、何処か落ち着いた雰囲気の人だった。
「じゃあ、練習していきましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
初めて歌を習うから緊張してきた。上手く歌える気がしない。
「緊張してますよね。でも、大丈夫ですよ。翔太から貴方の歌に関して聞いています。ボイストレーニングも多分、そんなにやらなくても大丈夫でしょう」
そんな事を言って貰えて少し嬉しくなった。
それから本格的なトレーニングが始まり、何とかそれについて行くので精一杯だった。
三時間程が経ち、ボイストレーニングは終わり、先生は帰っていった。
「陽介くん、お疲れ様」
「ありがと、少し疲れた」
先生を見送った後、リビングに行くと美影がそう言って微笑んでくれた。
「父ちゃん、今度俺にも歌教えてくれ」
泰叶が俺の服を少し引っ張る。
「わかった。でも、今は無理だから本当に今度な」
「うん、約束だからな。破っちゃ駄目だぞ」
何となく泰叶の頭を撫でる。
「そういえば今何時」
携帯で時間を確認すると午後六時を表示している。
「あ、やば。健にギター教えて貰いに行かないと」
慌てて行く支度をして健のギターをケースにしまいそれを背負う。
「じゃ、行ってくるね。泰叶、足、まだ治ってないんだから早く寝ろよ」
「わかってるよ。行ってらっしゃい」
自宅マンションを出てバイクまたがり、少し急いで走らせる。
ー続くー
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