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第七十一話 作詞
結局、ライブハウスに着いたのは六時半を過ぎた頃だった。
「遅い」
「ごめん。ボイトレの方が長引いちゃって」
中に入ると健は独りでギターの練習を始めていた。
「陽ちゃん、大丈夫だよ。健っち、本当は全然怒ってないから。さっき、ボイトレもして、普通の仕事もこなしてそれでギターの練習って大丈夫かって心配してたし」
智史さんが肩を組んで教えてくれた。
「智史さん、余計なこと言わないでくれよ」
「だって、本当のことじゃんか」
智史さんと健のやりとりを見ながら、翔さんの姿がないことに気づく。
「そういえば翔さんは?」
「え、ああ、翔さんなら仕事があるとかで今日は来ないみたい。でも大丈夫だよ。ここの鍵は俺が預かってるからさ」
智史さんが少し気まずそうに顔をそらす。
「何かあったの?」
「別に、何にもないよ。仕事だって」
明らかに何かを隠している。智史さんは隠し事が下手だな。
「陽介、早くこっち来いよ。練習するぞ」
「そうそう、ギター練習しておいで」
智史さんに少し押されて健の所に行く。翔さんのことが気にはなったけど、それ以上は聞くのをやめた。
「ここのコードを弾く時は」
不慣れなギターを健の言う通りに弾いていき、一時間があっという間に過ぎた。
「はあ、疲れた。やっぱり健と同じようには弾けないや」
休憩を取りながら缶珈琲を開けて一口飲む。
「けど、そこまで下手なわけじゃないからすぐ弾けるようになるだろ。前に、俺がライブ行けなかった時、智史さんが俺のパート弾いて陽介が智史さんのパート弾いたんだろ。その時も結構な反響だったって聞いたぞ」
ああ、健が沙代ちゃんに監禁されてた時のことか。あの時は智史さんのパートを弾いてくれって翔さんに言われて必死で弾いたっけ。
「本当、なんとかなって良かったよ」
「下手だったら、その時も何とか出来てなかっただろ。だから、陽介は自分が思う程下手じゃないって事だよ」
健にそこまで言われて、うん、そうかも。そういうことにしておくよと返す。
「あ、そういえば智史さん。あの話は陽介にしても良いのか」
智史さんが少し悩んだ後に、確か、翔さんも良いって言ってた気がするし、大丈夫だよと言った。
「あのな、陽介。ソロデビュー曲の作詞をお前に任せたいらしい。高橋プロデューサーが言ってたって。作曲は俺がやるから。何でもその方が話題になるとかで」
作詞か。美影に送った曲以来だな。
「うん、わかった」
「先に曲仕上げてデータを送るから。出来上がったら聴かせてくれ。楽しみにしてるから。じゃ、練習再開するか」
練習を再開してから時間を忘れてしまい、気がつくと夜中の一時を回っていた。
「そろそろ練習終了するか。陽介、明日は?」
「明日は翔さんとテレビ撮影と雑誌取材だよ。義兄弟コンビで呼ばれたみたい」
ギターをおいて伸びをする。
「そうなんだ。陽ちゃんと翔さんが一緒って珍しいね」
「うん、だから楽しみなんだよね」
そんな事を話ながら帰り支度を始める。
「それじゃ、明日も朝早いから帰るね。お休み、お疲れ。あ、健。ギターありがと」
「おう、お疲れ」
ギターをケースにしまいライブハウスを出る。バイクで自宅マンションに帰るとリビングの電気がまだついていた。
「ただいま、美影、起きてるの?」
そっとリビングの扉を開くと美影がソファーで眠ってしまっていた。
「こんなところで眠っちゃってたら風邪引くよ?」
荷物を置いて美影の頬を軽く突っつく。
「う、ん。陽介くん?」
「あ、起きた。こんなところで寝ちゃってどうしたの?」
美影が起き上がり小さくあくびをした。
「陽介くんが帰ってくるの、美夢のお世話しながら待ってたの」
本当にいくつになっても可愛いな。
「そっか。待っててくれてありがと。めっちゃ嬉しいよ」
そう言いつつ美影に口づけをした。
「ちゃんとお風呂入ったら寝室に行くから美夢と先に寝ててね。とりあえず俺が連れて行ってあげる」
美夢を先に寝室に連れて行き、ベビーベッドに寝かせる。
「お待たせ」
美影をお姫様抱っこしたら、ちゃんと歩けるから。恥ずかしいし、降ろしてと言って顔を赤くした。
「嫌だ、このまま連れて行く」
「でも、泰叶が起きてくるかも。見られたら恥ずかしいよ」
泰叶ね。見られたところでいつものことだし、大丈夫だろうな。それに、別に変なことしてるわけじゃないし。
「泰叶なら気にすることないよ。ちゃんと説明すれば良いことだし」
俺がそう言うと美影は何も言わなくなった。寝室にそのまま連れて行きそっとベッドに寝かせる。
「じゃ、お休み」
「うん、お休みなさい」
また美影に口づけをして風呂場に向かう。
「ふう、今日は疲れたな。早く出て寝ないと」
身体と頭を洗い、湯船につかって呟く。
あ、そういえば明日は泰叶の学校、給食ない日だっけ。今は大体二時頃だから、眠れるのは二時間半ぐらいかな。
そんな事を考えながら風呂から出て身体を拭いて服を着て台所でお米を炊飯器でセットする。
「寝よ」
寝室に行って、美影が眠るベッドの横にそっと寝る。そして気がつくと眠っていた。
ー続くー
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