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最終話 幸
「それで話って何さ。何か、深刻そうな顔して」
「あのな、陽介。姉ちゃん達、離婚することにした」
え、ちょっと待って。
今なんて?
離婚するって言った?
「えっと突然のことで状況が読み込めてないんだけど。どうしたのさ」
「ごめんな、報告が遅くなって。最近、陽介のソロデビューが決まっただろ。それで忙しいの知ってたから余計な心配を掛けたくなくて。でもまあ、曲が完成したらちゃんと話そうと思ってたんだ」
楓姉ちゃんは理由を話そうとしない。
「翔さんは離婚することに賛成してるの?」
「翔平の気持ちは関係ない。姉ちゃんが一人で生きていきたくなっただけだから」
翔さんが話す前に楓姉ちゃんがそう言って寂しそうに微笑む。
「俺は翔さんの気持ちが知りたいんだよ。俺さ、嬉しかったんだ。姉ちゃんが翔さんと結婚してくれて。だから、翔さんの気持ちを知るまでは簡単にわかったなんて言葉は言えないよ」
俺の言葉に翔さんがゆっくりと口を開いて話し始める。
「楓が幸せになれる道を応援したいと思っている。だから、一応は納得してるよ」
何だかわからない返事に、理由を話してと言った。
「この前、楓に子宮癌が見つかって」
「翔平、その話はするな。陽介には関係ないから」
理由を話そうとする翔さんを楓姉ちゃんが止める。
「関係ないわけないだろ。陽介は楓の大切な家族だ」
「だけど、それでも心配掛けたくないんだよ」
翔さんが少し大きな声で、家族だから心配するんだろ。俺がもし、陽介の立場なら、自分だけ何も知らされずに生きていきたくなんかないと言った。
「だから、楓が止めても話を続ける。それで良いな?」
「わかった」
あまり自分のことを話したがらない楓姉ちゃんを納得させてしまった。
「それで、話を戻すが、病状がかなり進行していて、子宮の全摘出をしなければ助からないと診断を受けた。だから、俺は楓に受けて欲しいと言って手術を受けてもらった。その後、離婚話を持ちかけられた。二人の子供を産むことが出来ないから別れて欲しいって」
「そうなんだ。でも翔さんは、子供はどっちでも良いんでしょ。それは理由にならなくない?」
前に翔さんが子供は可愛いし、出来たら良いとは思っているが、二人で生きていくのも悪くないと話していたのを思い出す。
「それに、姉ちゃんも翔さんとなら二人で生きていくのも楽しいかもなって言ってたじゃん。子供は泰叶がたまに遊びに来てくれるから満足してるって。俺はさ、二人の関係に口出しできないけど、姉ちゃんの幸せを考えるなら翔さんと一緒に居た方が良いと思うよ。翔さんは男の俺から見てもいつも冷静だし、仕事も出来るし。だって、ライブハウスの経営も大変なのに、事務所を辞めて個人で立ち上げようなんて思わないよ、普通」
「でもな、陽介」
楓姉ちゃんがまた何かを言おうとして、姉ちゃん、俺ね。姉ちゃんが俺の事、いつも心配してくれるように、俺も姉ちゃんのこと心配なんだよ。だから、翔さんと一緒に居てくれた方が安心だなと言った。
「まあ、翔さんが姉ちゃんと一緒に居たいと思ってくれているならだけど」
「それは。もちろん楓と一緒に生きていきたいと今でも思っている。弟のお前の前で言うのも恥ずかしいが、俺にとって楓は一番幸せにしてやりたい人で、笑顔で居て欲しい人だ」
翔さんの言葉に嬉しくなってしまった。自分の姉が本当にいい人と結ばれて良かった。
「翔平」
「やっぱり、離婚話は白紙に戻そう。俺にはお前が必要だ。きっとこの先、月夜の光は海外に行くことになる。その時に楓には側に居て貰わなきゃ困る。それに、楓が居てくれればそれで良い。俺は、楓と他人同士に戻りたくないからな」
強気に出た翔さんに楓姉ちゃんは何も言わずに頷いた。
とりあえずまとまったようで良かったと心の中で安堵した。
それから二年が経ち、ソロデビュー曲はヒットチャート一位を獲得することが出来て評判になった。
月夜の光は五大ドームツアーと、初のアジアツアーが決まり、海外デビューを果たした。
美影と出会ってから十何年。
色々なことが来ては去って行った。きっとこれから先も美影や泰叶、美夢とみんなと一緒の時を刻んでいく。
ー終わりー
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