スイッチ

1/7
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
 感情が湧かないのは、眠らないまま朝を迎えたからばかりではない。この慣れた作業の際に、余計なもののスイッチを切ることを覚えたのは、何年前だったろう。  きっと本当は、別の、スイッチなど切らなくても済む負担の少ないやり方があるのだろうけれど、それは不謹慎な気がしてできない。  カーテンを揺らし、入り込んだ蒼白い夜明けの空気がひんやりと頬を撫でる。床に転がるカッターナイフと折れた刃が反射する光は鈍く、丸められた毛布は所々黒く汚れている。そこから伸びた華奢な白い腕は、傷のない瘡蓋(かさぶた)を鱗のように葺いて人魚のようだ。  しゃがみ込んで毛布を捲ると、見慣れた人間の、蝋人形のような見知らぬ顔が出てきた。  あれはなぜ、本人と同じ形だろうに、本人と違って見えるのだろうな。  などと考えて、薄く紫にも見える首から、貼り付いた毛布をパリパリと剥がしてやる。何度も斬りつけたのだろう、赤黒く開いた割れ目はギザギザと境界をぼやかしていた。  凪いだ胸の内に一滴だけ期待が滲んでいるのを自覚しながら、息を詰めて、探る。寝た子を起こさないよう気を張る親のように、静かに注意深く手を翳すと、唇は糸のような細い息を繋ぎ、健気な鼓動は緩く幽かに末端まで血液を運んでいた。  手を引っ込めて立ち上がると、唾を吐きたい気持ちで見下ろす。  あーあ、可哀想な私。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!