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「ごめんね、変に口出しして」
体育の授業中、明日菜は仲良しの輪から外れて凛の隣に腰掛けた。
「いい。私、口下手だから説明できないし、助かった」
感情のこもらない口調。それでも互いに顔を見合わせて、ふふふと笑う。同じクラスにはいるものの、目立つグループにいる明日菜と一匹狼の凛とは接点が無い。しかし、言葉を交わし、笑顔を交わし合ってみれば、これまでの距離が不思議なほど隣に添うのがしっくりときた。
「あの猫、あの後どうしたの?」
「歩道の隅に除けてお終い。近所のおばさんが庭の花を手向けてくれたから、形だけ手を合わせて学校に来た」
「飼い主さんに見つけてもらえてると良いね」
「そうね。でもその前に専門の人に片付けられると思う」
「言わないでよ、それえ!」
なんとなく淀んでしまった空気を明日菜の明るさが払い、それを凛も悪くない様子で受け入れた。そんな二人は放課後、示し合わせたわけでもないが、朝の場所で立ち止まっていた。
「きれいになっちゃってるね」
「花も」
それ以上そのことには触れず、どちらからともなく寄り道の提案がなされる。数分後、片付けられた道路が見えるファストフード店に二人並び、窓を向いて座っていた。
「あそこで誰かの大事な子が死んでたなんて、嘘みたい」
「そうね」
「なんの痕跡もなくされちゃうんだね」
「そうね」
「うちの子も、あんなふうにされちゃったのかも」
「猫、飼ってるの?」
「家で六匹、外で餌をやってる子が二匹。猫屋敷なの」
「へえ」
その無関心な声に明日菜はなんとなく安堵した。説教されるのも心配されるのもごめんだ。
「意外でしょ? 学校でのあたし、なんの問題も悩みもありませんみたいな顔してるから」
「そうね。でも、誰だって全部見せてるわけじゃないでしょ。都合の悪い所は隠して、良い部分だけで評価してもらおうとするものじゃない?」
「佐々木さんも?」
「凛で良い。私も明日菜って呼んで良い?」
「うん。嬉しい」
「私は駄目。何か隠してますみたいな顔して、皆みたいに上手に隠せてない」
「何か隠してます、かあ。……それって、ここにあるやつの事?」
明日菜が、隣に座る凛のスカートの上を指差す。
「ごめんね。ガードレール乗り越える時、見えちゃった」
「やっぱり、隠すの下手だ」
「訊いても良い?」
一瞬、固く唇を閉ざし、困ったように眉を下げた凛だったが、生真面目に話し始めた。
「見えない所を家族に殴られてる。我慢はするけど、苦しくなりすぎたら自分で切る」
「家族って、お父さん?」
「お兄ちゃん。お父さんは見えないふり、お母さんは『外ではやめて』って、家の外では一応お兄ちゃんをとめてくれる」
そっか、と言ったきり俯いて黙り込んだ明日菜だったが、凛の手が自分のスカートの上で固く握られているのに気付くと、そこへそっと指先を添えた。
「見て良い?」
「やめときなよ」
それでも怯まず目を見据える明日菜に、凛は折れた。どんな顔をされるか確認する勇気はないから、と目を逸らし、何かと戦うみたいに窓の外を睨みつけて、そっとスカートの裾を太腿まで捲くり上げていく。見えたのは、何度も斬りつけたのだろう、白くなった古いものから、血が滲むような新鮮なものまで、出鱈目に交差し平行する何本ものスジ。そして、その上にちらりと、黄色と赤紫の打撲痕。
「気持ち悪いでしょ。後悔したんじゃない?」
「全然。凛と一緒に戦ってきた盟友に挨拶するような、厳かな気持ちだよ」
「明日菜って、変」
「そうかな?」
笑う明日菜を前に、凛は、許すような浅い溜め息をついた。
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