スイッチ

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   ◇  急速に仲良くなった明日菜と凛を、クラスメイトたちは「意外な組み合わせ」と言いつつ殊の外すんなりと受け入れた。 「また傷増えたんじゃない?」 「仕方が無いよ」  校舎の屋上でランチを食べる。そんな漫画みたいな酔狂を実際にするのは、明日菜と凛しかいなかった。二人だって、天気の影響を受けない、温度調節された快適な教室を愛してはいたが、明日菜が凛のスカートを捲くって自傷の痕を勝手に見るのが当たり前になっている状態では、他人の目は窮屈だった。 「ねえ、お兄さん、倒しちゃおうか」 「倒すって。ゲームじゃないんだから」 「ゲームなら堪えられるのにね」 「会ってみる?」  明日菜が佐々木家に足を踏み入れたのは、そんな流れからだった。凛にしても、明日菜に何かできると思ったわけではない。ただ、自分の身を案じてくれる聞き分けのない親友と、問題を共有したかったのだ。兄は一筋縄ではいかないのだと、その話題を誰かと口にし合えれば、実感が薄れる気がした。  それを後悔したのは、兄の首から流れる血を見て、悲鳴を上げている自分に気付いた時だった。  何が起こったのかなんてわからない。リビングでソファに座っていた兄に声を掛け、友人を紹介しようとした直後、すっと前に出た明日菜が、まだ背中を向けたままの兄の首にカッターナイフの刃を宛て、止める間もなく引いた。それだけだ。  明日菜は凶器をそのまま床にポイと投げ捨て、「行こうか」といつもの純真さで凛に笑いかけた。 「どこへ行くの?」 「()が見せてもらってるだけじゃ悪いから、凛にも見せてあげる」  それが、傷のことを言っているのだと、凛にはすぐにわかった。 「お兄さんが心配? 凛は優しいね。大丈夫だよ。死ぬかもしれないけど、この程度じゃ、たぶん生き残るでしょう? その時はもっと他人の痛みを知って生きれば良いじゃない。ねえ、お兄さん」  首を押さえて床に転がる男を一瞥すると、明日菜は散歩でもするみたいに、軽やかに歩き出した。
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