一言探偵の一言

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「「ちょっと一言よろしいでしょうか」  一言探偵事務所(ひとことたんていじむしょ)の所長、一言一(ひとことはじめ)さんがそう言うと、リビングでパニックに陥っていた宿泊客たちが一斉にこちらを振り向いた。私は心の中でガッツポーズをしてみせる。一さんがこの台詞を口にしたということはすでに犯人を特定している証拠だからだ。 「こ、こんな状況でどうして貴方はそんなに落ち着いて居られるんですか!」  宿泊客の一人、三枝(さえぐさ)三和人(さわと)さんが興奮した様子で一さんに食ってかかる。三枝さんの顔色は極度の緊張からか青ざめて見える。ほんの数時間前、この島に到着したばかりの時の晴れやかな様子は欠片もない。三枝さんはまだ二〇代後半のような顔立ちだが、実年齢は三十九歳だと話していたのを思い出す。私とは親子くらい歳の差がある。一さんと比べたって一回りほども歳上だ。そんな大人の男性が人目も憚らずこれほど狼狽した姿を衆目に晒しているのだ。『こんな状況』とこの場を表現した彼の心境はその表情からも容易に推し量れる。しかし、それは彼だけではない。三枝さんの隣で立ち尽くしている四間(しま)四季子(しきこ)さんや五識(ごしき)五月生(いつお)さんたちの顔にも動揺の色が窺える。逆にこのような事態に陥ってなお、冷静でいられるほうがおかしいのかも知れない。特にリビングの隅っこでブルブルと震えている刺殺(さしごろし)犯人(ぼんと)さんなんて目も当てられないほどの怯えようだ。身体が弱いからという理由でコートを着込んでいる刺殺(さしごろし)さんは、常夏の島に居るにも関わらず一人だけ雪山で暖を取るように部屋の端で膝を抱えている。顔には包帯をぐるぐる巻きにしてハットを被っているため、その表情を窺い知ることはできないが、パニックに陥っていることは一目瞭然だ。幻聴でも聞こえるのか、時折「お、おお俺は知らん! 俺は悪くない!」と叫んだりしている。余程今回の事件が堪えているらしい。暫くはそっとしておいたほうが良さそうだ。
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