一言探偵の一言

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 一さんがデスクに置かれたPCをシャットダウンしようとした直後、メールの受信音が聴こえた。これは私の妄想ではなくて本当に鳴った。一さんが「おっ」と嬉しそうな声を上げる。おそらく新しい依頼のメールだったのだろう。 「仕事の依頼ですか?」  私が訊ねると、PC画面を見つめる一さんが相好を崩す。 「どうやらそうみたいだねー。えっと……なになに……。南の島でのお仕事です。諸事情により依頼内容は現地にて説明させていただきます。えー……宿泊費、旅費等は全て当方で負担させていただきます。マジか! 顎足枕(あごあしまくら)付きで南の島なんてちょっとした観光気分になっちゃいそうだなー」 「私家に帰ったら荷物纏めておきますね」  そう告げて事務所のドアノブに手を掛けた私は一さんに呼び止められる。 「えっ、八重花ちゃんも行くつもりなの?」 「当たり前じゃないですか。私が行かなくて誰が一さんのサポートをするって言うんですか。で、旅程はいつからですか?」  コイツ本当にサポートする気あるのかよ、とでも言いたげにジト目で私のことを見ていた一さんの気を質問によって逸らす。案の定一さんはPC画面に視線を戻し、文面を読み上げる。 「えーと……。日程は……来週の金曜日から三日間かー。準備する時間はありそうだねー。……それと宿泊施設は島の中にあるみたいだねー。えっと施設名はペンションニカタだって。ふーん。変わった名前だねー。ペンションニカタかー。ペンションニカタ……」  一さんがペンション名を呟きながらこちらを見る。私はアイコンタクトを送って頷く。エスパーになった気分だ。 「一さん」  私の呼びかけに一さんも首肯する。そして一言のもとに決断する。 「よし、断ろう」  私たちの暮らす世界は今日も平和だ。
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