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「い、意味が分かりません! あなたたち正気ですか!?」
五識さんの後ろで震えていた七瀬さんが非難する。あなたたちと言われたことが非常に気になるけど、それでも私は敢えて無表情を崩さない。おそらくこの無表情キャラというのがこの物語での私のアイデンティティなのだろうから、完結するまではこのスタイルを貫かなければならない。私は無表情のままズレてもいない眼鏡をクイッとさせた。
「おや? どうして皆さんここまで説明してもお分かりにならないんですか? 逆手にナイフを握ってご自分の心臓を突き刺すイメージをしてみてください。ほら。こんな風に――」
言って一さんは両手でナイフを握ったポーズを作って自らの左胸を目掛けて刺すジェスチャーをしてみせる。それは、その仕草は、何故か酷く滑稽に見えた。おそらくそれは私だけでなく、この場に居る全員にも同じように見えたはずだ。
「あ! こ、これは……!」
五識さんが一さんと同じように自分でも実演して驚きの声を上げた。つられて七瀬さんと三枝さん、四間さんまで同じ所作を行う。
「はい。見えないナイフを逆手に持ってー……、両手で自身の左胸にー……、グサーっ! はい、もう一度。見えないナイフを逆手に持ってー、両手で自身の――」
一さんの掛け声に合わせて皆がそれを何度も繰り返し行う。なにこれ。教祖にマインドコントロールされた新興宗教団体みたいな様相を呈してしまった。どうやら教祖にマイコンされていないのは私と刺殺犯人さんだけのようだ。刺殺さんは「やめろー! やめてくれ―! 俺が悪かったー!」と部屋の隅で叫んでいる。ううん。刺殺さんは何も悪くなんてない。悪いのは二舘さんを刺殺した犯人とホットヨガのノリで刺殺ごっこをしているこの人たちの頭だけだから。そして私は決意を新たにする。やっぱり探偵助手のバイトは今日限りで辞めよう。そしてこの物語への出演も金輪際きっぱり断ろう。私はノーと言える大人になるんだ。
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