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初恋
静謐な教室、悄然たる教壇、快活な教師。高二の春、僕は大人たちの言葉に流され、相も変わらず退屈な授業を受けている。僕は黒板から目を背けるように外を見た。
運動場を駆け回る生徒の傍らで、ひとりの女子生徒が体育座りし、その様子を儚げに眺めていた。降り注ぐ陽射しに彼女は目を細める。次の瞬間、僕は彼女に目を奪われた。なぜなら、彼女の瞳からひとしずくの涙がぽろりと零れ落ちたからだ。危ういまでのその瞳は恐ろしく吸引力を放ち、僕を惹きつけてやまなかった。
彼女の瞳にこの世界はどう映っているのだろうか? 美しいかい? 醜いかい? 残酷かい? それとも……。
彼女は頬の涙をぬぐい、その流れをせき止めるように青い空を見上げた。そこには白い雲がふわふわと流れている。ある雲は綿菓子のように甘そうで、ある雲はイルカのように自由で、ある雲はライオンのように獰猛だった。そんな雲の正体は水滴と氷晶の粒。それらの粒が膨大な群れを成し雲となる。
僕はグサッと鋭利な刃物で胸を抉られた思いになった。ひび割れた心の隙間を縫って得体の知れない何かが忍びこんでくる。
きっと僕の心の中にも感情の粒があるのだろう。一粒一粒は小さいものだけど、その粒が群れを成し、いま大きな感情となっていく。
いいや違う、これは観念的夢想に過ぎない。そんなはずない。僕という人間に限ってそんな情動が芽生えるはずがないだろッ!
バチンバチンと弾ける情動のつぶて。
もうダメだ。
自分に嘘は吐けない。きっと僕は彼女に恋をしたのだろう。
~
と、お爺ちゃんは今週も往診に訪れた医者に向けて喋っている。医者は聴診器をお爺ちゃんの胸にあてながら相槌を打つ。
お婆ちゃんはどこか照れ臭そうにお茶を啜った。
僕はといえば、そんな光景をただ傍観しているだけだ。
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