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 僕はとある政令指定都市の中流家庭で生まれた。中流の定義がどんなものかよく知らないが、クラスメイトと比べて特別裕福でもなければ貧乏でもないので、中流なのだろうと僕が勝手に位置付けているだけだ。また、世間では核家族化が進んでいるそうだが、うちにはお爺ちゃんとお婆ちゃんが同居している。中学生の頃の僕はそれを恥ずかしいことだと捉え、友達を家へあがらせたことは一度もなかった。  一人っ子の僕は甘やかされて育ったのだと思う。子供の僕が知ったようなことを述べているようだが、これもクラスメイトと比べてそう感じたことだ。というのも、友人の家へ遊びに行くと、母親があれこれ口うるさく縛りつけるのだが、僕の家ではお爺ちゃんとお婆ちゃんが抜け道を作ってくれていた。だから僕は、好きな時に好きなものを食べ、嫌いなものは絶対に食べなかったし、欲しいゲームソフトだって、両親には内緒でお爺ちゃんがこっそり買ってくれた。僕はそれを当たり前だと思っていた。そんな僕への天罰だったのかもしれない。  中二の夏、僕は両親を自動車事故で亡くした。その車に僕も同乗しており、僕だけが助かった。心肺停止の末、今のこの身体になった。僕は禍々しい現実を突き付けられることになる。  一人では何もできない。ご飯を食べることも、用をたすこともできない。僕は何のために生きているのだろうか? ただ死を待つだけの生かされた命。こんな命になんの意味があるというのか? これではお爺ちゃんとお婆ちゃんの足手まといじゃないか。あのとき両親と一緒に僕も死ねばよかったんだ。神さまは何故そうしなかったんだ。神さまがそうしないのならば、自らこの舌を噛み切って死んでやる。  けれど……。  いくら脳で指令を下しても、僕の身体はぴくりとも動いてくれない。自分で死ぬことも、自分の身体を傷つけることもできやしない。  ならば――。  僕は優しく慰めるお爺ちゃんとお婆ちゃんに向けて文字盤を追った。  僕を死なせてください。殺してください。 「バカ野郎!」  お爺ちゃんは声を荒げ、お婆ちゃんは慟哭した。  それからというもの、お爺ちゃんは優しく、ときには厳しく僕を諭した。けれども、僕は耳を貸さなかった。ことあるごとに愚痴を吐き、口癖のように死にたいと文字盤を追った。  それから暫くして、お爺ちゃんの様子がおかしくなった。訪れる医者に訳のわからないことを喋りだした。しかしそれは、お爺ちゃんの脳に異変が生じたのではなく、道化師となり、僕を諭していたんだ。もしかしたら、死期を悟ったお爺ちゃんが僕を諭す最後の賭けに出たのかもしれない。    ――そんな訳ないでしょ。私、シロタエギクの花言葉なんて知らないわよ。  そうか! あれは全部お爺ちゃんの創作だったんだ。僕が失った青春とか恋愛とか、僕に聞かせて追体験させようとしていたんだ。こんな身体でも生きていく意味や価値みたいなものを教えるために。僕はお爺ちゃんの言葉を反芻する。  いつまでもクヨクヨしてんじゃねえぞ。いいか、よく聞くんだ。二度と死にたいなんて言うんじゃないぞ。今度言ったら承知しねえぞ。たったひとつしかない命、大切に扱うんだぞ。諦めなければなんにだってなれるんだ。自分に起こる全ての出来事には意味があるんだ。  とっくに涸れたはずの涙が僕の頬をつたった。
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