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彼の名は。
また──間に合わなかった………
大人気のワンコイン弁当──オークの屑肉を香辛料や香味野菜と共に炒めたのとオーツ粥のセット、水筒付き──の最後のひとつが、彼の目の前で売り切れてしまった。
初心者向けダンジョンレベル1~5という類い稀な密度を誇る森があるおかげで、これ以上の住民を住まわせるための土地はなくても豊かな村の中でも、朝から美味そうな匂いが漂うその定食屋は冒険者たちに大人気の店だった。
この村に辿り着いて以来、最後のひとりかふたりの後ろで順番待ちをしていた彼も当然冒険者である。
「ううう……また現地調達かぁ……」
ガックリと地面に両膝をついて嘆くが、実際のところ朝に温かい弁当も昼を過ぎる頃には冷え切っていて美味さ半減になった物を食べなければならない冒険者たちに比べ、彼はダンジョン内で採取した新鮮な果物を食べてダンジョンを攻略するのだが──それを幸運とは思わず、彼はひたすら『火の通った食べ物を食べられない』現状を嘆いた。
「……ちょっと」
「ううぅ………」
「ちょっと、ってば……」
「うぅ…………ぅ?」
「ちょっと…あんたっ……ちょっと、こっち……」
ズビッと洟を啜り、彼は声がしたらしき方向を探そうとキョロキョロとし始めると──
「ちょっと、こっち…早くっ……」
ようやく声の主の方を探し当てると、それは弁当渡し口の隙間から覗く片目とふっくらとした手である。
「早く、早く……」
声はけっして大きくはない。
むしろ周りに絶対わからないような小声だ。
「そっちから裏口にまわんな!」
意味もわからず、だが言われるままに彼はゆっくり立ち上がり、意気揚々とダンジョンに向かう同業者とは逆に、定食屋の裏口へと歩き出す。
「……いないね?」
キィ…と微かな音を立てて扉が開かれ、弁当販売を担当している女将さんと調理場を一手に引き受けている主人が、他の者がいないことを確かめてからグッと彼の手を引いた。
「え?」
「よっしゃ。いいか?これは試食だ。他の奴らには一食分しか販売してないが、これは3食分ある。いや実際3回分の食事として持つかどうかがわからんが……お前さん、これを今日の昼と、夜と、明日の朝分で……うん、小銅貨2枚分で渡すから試してくれんか?」
「え?」
普通のお得弁当は中銅貨1枚──小銅貨5枚分だが、この『お試し』は約3分の1ちょっとでくれるらしい。
タダじゃないところが少し残念だが、金を払うからにはそんなにおかしい物を渡されるはずもないだろう。
そこまで考えた時、ダンジョンの往復で果物しか入れられていない胃袋がギュゥ…と鳴り、弁当の残りだというオーツ粥に屑肉炒めのさらに残りを乗せた温かい椀が、掃除中でまだ暗い店内の席のひとつに座らされた彼の前に置かれた。
彼の名はバルトロメイ・ルー。
年齢19歳の冒険者。
職業は──勇者『レベル1』
体力、腕力、防御力、魔力は最低ランク、幸運と対人運は誰かが言い始めたか寝転び8──『∞』という未だかつてない発現のマーク。
人呼んで『出来損ない勇者』または『八転び勇者』
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