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その匂いにあてられて、小さく震える男が部屋には一人居た。
『おい、大丈夫か』
同じく潜むもう一人が、声を出さずに唇の動きだけで話しかけてくる。
『……問題、ありません』
答えたノクスに、尋ねたクレアは片眉を上げた。
『とてもそうは思えないから聞いてるんだがな』
ノクスはしばらく黙っていたが、もう一度同じ言葉を返した。
『問題、ありません』
頑固なその答えに、クレアはニヤリと口端を上げる。
『ここで抜いてもいいんだぞ?』
『何を不埒な……』
不愉快なのか、それとも苦しいのか、黒兎は整った細い眉をグッと顰めた。
それを見て、普段滅多に表情を崩さない奴が追い詰められている様は、中々に見物だなと思いながら、クレアは楽しげに言った。
『手伝ってやろうか?』
『結構です』
答えた黒兎は、震える指先で眼鏡を上げて、続ける。
『……貴方には、大事な役目があるでしょう?』
その言葉に、クレアは少し考えるように眉の上あたりを掻いてから、答える。
『あー……。あいつなら、もう大丈夫だろ』
『主君に向かってあいつとは、不届きな……』
言いながらも、ノクスの唇は震えている。
血が上っているのか、薄い唇は真っ赤に染まっていた。
クレアは、何をそこまで我慢する必要があるのか。と疑問に思いながらも、そんな生真面目なところが、果てしなく彼らしいと思った。
***
「あっ、はぁ、ん、ぅぅん、あぅんっ」
揺らされるたびに、アリィの慎ましやかな唇から、嬌声が零れる。
時折びくりと揺れる肩が、赤く染まった頬が、それを隠そうと頬に広げられた手が、全てが愛しいと、ヴィルは思う。
「う、ん、んんっ。あぁあんっっ!」
アリィが堪らず頭を振る度に、淡い桃色の長い髪が、あちこちへ淫らに絡み付く。
ヴィルがべろりとその胸を逆撫でするように舐めれば、いくつかの突起が舌先に引っかかった。
「ひゃぁ、ああんっ」
その甘い声が可愛くて、ヴィルは何度もそれを舐める。
個人差の大きい部分ではあるが、アリィの場合、しっかりと立ち上がった小さな粒が、四対はあるようだ。
「や、あっ……ぁぁあん、くすぐった、あぁん」
可愛い言葉に、ヴィルの口元がどうしようもなく綻ぶ。
「くすぐったいだけじゃないだろ」
言って、ヴィルがそれを繰り返し刺激してやると、アリィは切なげに喘いだ。
「ぁ、あ。ぁんっ、やだ、あ……っ、気持ち、い、……よぉ……」
じわりと涙を浮かべるアリィの素直な言葉に、ヴィルはその唇を塞いだ。
ヴィルはアリィの小さな口内から空気を全て吸い込む。
「んっ……」
アリィは体から力が抜けてゆくような感覚に、うっとりと頬を染めた。
ふっとヴィルが唇を離し、一言告げる。
「もう喋るな。お前の言葉は可愛すぎる」
アリィが、ぱちくり。と聞こえてきそうな風に、瞬きをした。
ヴィルは黙っていても可愛過ぎるその妻を、どっちしろ可愛過ぎるじゃないか。とどうしようもなく思いながら、強く抱き締めた。
体が密着するのに合わせて、ぐい、と奥を突かれて、アリィが小さく嬌声を零す。
「や、ぁんっ」
真っ赤に顔を染めて、ふるふると震えるアリィの奥へ奥へとヴィルは己を沈み込ませる。
「ぅ……くぅ……ん……っ」
ズズズ、と肉を割る感触と、それに合わせて声を上げ、ビクビクと震える細い体。
「もう少しだけ、奥まで、行ってもいいか?」
ヴィルはじわりと滲んだ汗に、荒い息を乗せて尋ねた。
アリィは一瞬戸惑うように瞳を揺らしたが、そっと頷いて答えた。
「いい、よ……」
鼻にかかったような甘い声は、まるでねだっているようで、ヴィルは、じわりとその細い体の最奥へと侵入した。
「ふ、ぁっ!!」
ゴツ、と固い何かに触れた感触。それと同時にアリィの体が大きく跳ねる。
骨に触れたのだと、ここが終点なのだとヴィルは悟った。
ヴィルのものはまだ、一度も、その全てをアリィの中に収めていない。
もうあとほんの少しではあったが、これ以上無理をさせるのは酷だと、ヴィルは思った。
ヴィルはそろりと引いて、それから、骨に当たらない程度に揺らし始める。
「あっ。んっ。ぅ、んんっ、うぁ、ぁあっ」
それでもアリィには十分奥まで差し込まれていて、ゆさゆさと揺すられる度に胃液までもが上がってきそうだった。
息苦しさと、裂かれる痛みと、それ以上の快感に、アリィは震える。
けれど、彼に遠慮させてしまったことが、酷く申し訳なかった。
冬の間、あれだけ繰り返し慣らしたのに。
彼のそれは、想定よりも、もう一回り大きかった。
アリィの瞳にじわりと滲んだ悲しみに、ヴィルは気付いてしまった。
ぴたりとヴィルが動きを止めて、アリィは荒い息を必死で整える。
ヴィルが、そっとその柔らかな頬に触れた。
「どうした? もう疲れたなら、今日はもう……」
「違うよっ!」
強く返されて、ヴィルが目を見張る。
「私の中に……ヴィルを全部、入れて欲しい……のに……っっ」
ボロボロと涙を溢されて、今度はヴィルが動揺した。
「……っ、だが、俺のは、お前の体に収まるようには出来ていない」
困ったように、ヴィルが答える。
彼に、そんな、申し訳なさそうな顔をして欲しいわけではなかった。
「入る!」
「え……」
「入るよ。ねえ……お願い……」
アリィは縋るように、ヴィルのたてがみへと両手を伸ばす。
「私にヴィルのを、全部、頂戴……っ」
涙を滲ませた薄紫の瞳に、切なげに懇願されて、ヴィルの背をぞくりと熱いものが駆け上がる。
「くそ……」と呟きながら、ヴィルは必死で視線を逸らした。
「俺は、お前に無理させたくないんだ。分かってくれ……」
苦しげに伏せられた、ヴィルの白い睫毛。
アリィは「……分かった」と小さく呟くと、両手でヴィルの胸をそっと押した。
ヴィルが、その仕草に体を離す。
ずるりと抜かれたそれは、まだそそり勃っていたが、彼は何も言わなかった。
アリィは、ベッドに膝立ちになると、ヴィルの鼻先に口付ける。
ヴィルの肩に手をかけると、そっと彼を押した。
ヴィルは、アリィの体重程度で倒れるような体格では無かったが、アリィの意図を汲んでベッドに仰向けになる。
横たわったヴィルの頬に、瞼に、アリィが啄むような可愛らしい口付けを降らせる。
ヴィルは、その口付けを、アリィのせめてもの気持ちなのだろうと受け取った。
体の事は、物理的な問題だ。どちらが悪いという事でもない。
それでも、きっと真面目なアリィは申し訳なく思ったのだろう。
体は難しくとも、心は、寄り添っていると伝えているのだろうと、思い込んだ。
だから、体重の軽いアリィが彼の上にそっとのしかかっても、そう危機感を感じていなかった。
じり、とアリィがヴィルの下腹部へと下がる。
その小さな手にそっと触れられて、ヴィルはハッとした。
「っ……、ア、アリィ……?」
目が合って、アリィはにこりと可愛らしく微笑むと、それを自身へと導いた。
小さな手では両手でも掴み切れないほどの巨大なそれが、繰り返し穿たれた穴へと、驚くほどスムーズに飲み込まれる。
「……っ」
ズブズブと肉を割く感触に、どちらもが小さく息を詰めた。
奥へと進むほどに、アリィの表情が苦しげに変わる。
「ぁぁ……っ」
ヴィルの上で、アリィは背を逸らす。吐息と共に声が漏れた。
「アリィ、っ、何を……っ」
突然の出来事に、動揺を隠せないままヴィルが問う。
アリィは、それに答える代わりにヴィルのものへと自身の体重をかけた。
「あ、は……っ、ぁああっっ!!」
ゴリッとした硬い感触に、びくりと細い肩が揺れる。
ヴィルは焦りを露わに叫ぶ。
「お前っ。さっき、分かったって言っ……っ」
ヴィルが、さらに奥へと導かれて眉間に皺を寄せるとグッと歯を食いしばる。
快感に揺れてしまいそうな腰を、焼き切れそうな理性でなんとか押さえ付ける。
けれど、アリィはそんな彼の上で腰をくねらせた。
少しでも奥へ入りそうな角度を探しては、自身の体重でそれを押し込んでいる。
「ん……っ、ぅ……、んん……っ」
ヴィルがおそるおそるアリィを見れば、アリィの腹にくっきりと浮かんだそれは、すでに胸元へと進みつつあった。
このままではアリィを壊してしまう。
慌てて体を離そうとしたヴィルの耳に、アリィのうっとりとした声が聞こえた。
「ぁあぁ……ヴィルが……、いっぱ、い……っ、ぅうん……っ」
その顔を見れば、アリィの眉は切なげに寄せられて、薄紫の瞳には、どこか恍惚とした光が宿っている。
ヴィルは祈るような表情で、その赤く染まった小さな頬を、両手でそっと包み込む。
ぷに。とした肉球の少しだけひんやりした感触が、火照った頬に心地よくて、アリィはそれに頬を擦り寄せた。
「痛むなら、無理をしないでくれ、頼む……」
「痛くない、よ……」
アリィはほんの少しだけ、嘘をついた。
そう言わなければ、この優しい人はそれを引き抜いてしまいそうだったから。
ヴィルはどこか悲しそうに、苦笑を浮かべて、上半身を起こしながらアリィに口付けた。
「ぅう、ん……っ」
彼が姿勢を変える度に、ヴィルのそれがアリィの中を掻き回す。
それを見て、ヴィルは吐き捨てるように呟いた。
「俺には、お前にそこまでされるほどの価値はない……」
アリィが驚いたように目を見張る。
彼のそんな部分を見るのは、初めてだった。
そう思ってから、ふと疑問が湧く。
……本当に、そうだったろうか。
彼は今日、舞い上がる風船に囲まれて『お前は愛されてるな』と呟いた。
それは、今も耳に残っているくらい、酷く寂しげな声だった。
そこに隠されていた感情は、何だったのか。
いつも彼は自信満々なのだと思っていた。
けれどそれは、私の思い込みだったのではないだろうか。
彼の見た目の雄々しさに、その白い毛並みの神々しさに、私は彼の本当の心が見えていなかったのではないだろうか。
「……どうして? ヴィルは、私の、一番大切な人だよ……?」
答えるアリィの声は、震えていた。
アリィの言葉に、ヴィルが小さく苦笑する。
それはどこか痛々しい印象を受けた。
アリィの内側で、彼のものが力を失う。
圧迫感も息苦しさも薄れたのに、胸は酷く苦しかった。
「今日はもう、終わりにしよう」
言葉とともに、彼はそれを抜いてしまった。
「ぁ……」
「式の準備で朝早かっただろ、もう休んだ方がいい」
優しい言葉とともに、彼の手が優しく私の頭を撫でる。
何も言えずにいる私の肩に、彼はそっと自身の上着を羽織らせると、明かりを灯した。
眩しさに、目を細める。
その拍子に、いつから溜まっていたのか、涙が一粒溢れた。
それぞれの従者に服を整えられて、私とヴィルは同じベッドに入った。
「おやすみ。良い夢を」
とヴィルは囁いて、私の髪に口付けると、背を向けてしまった。
私は、どうしたらいいのかわからなくて、ただ彼の背を、白くてふわふわしたたてがみを見つめていた。
いつも私に優しいヴィル。
……彼の優しさは、もしかして、自信の無さからきていたのだろうか。
もう少し、強引でもいいのに。と思う事はたくさんあった。
けれど、優しくしてもらえる事は、嬉しかった。
でもそれが、もし、彼が自分に価値がないと思っているからこその、遠慮だったのだとしたら……。
彼は紳士的な人なんだと思っていた。
勝手に、思い込んでいた。
私は、白い毛並みの彼の、境遇に想いを馳せる。
彼と姉の婚約が決まった頃、私はほんの子どもだった。
初めから彼の婿入りが前提での婚約。
それは、彼にとって、いずれ自国の家族と離れ離れになる約束だったのだろう。
ヴィルはそれを受け入れていたのだろうか。
一体、どんな気持ちで。
あの頃。
彼はなんて言っていただろうか。
私は、アリエッタとなってから繰り返し忘れようと努めていた、あの頃の彼との会話を思い出そうとする。
国が婚約解消を目指した以上、もう会えない彼との幸せな思い出は、私には辛いだけだった。
あの日の彼の口付けだけは、どうしても忘れる事が出来なかったけれど、会話のほとんどはもう忘れてしまった。
そう思っていたけれど、ふと、幼い彼の、まだ子どもらしい高い声をした彼の言葉が胸に蘇った。
『じゃあ……』
と彼は震える声で言った。
『……俺の、心も、あっていいと……、思うか?』
言われたその時は、まったく気にならなかった言葉だった。
どうしてそんなことを聞いたんだろう。と、後になって、彼が帰国してしまってからようやく疑問に思った。
今なら、疑問に思う事なく、気付けたのに。
彼はきっと、生まれる前から、白い毛並みを周囲に求められていたのだろう。
けれどせっかく白く生まれ付いても、ヴィルには歳の離れた兄達が居て、国に彼の立場は残されていなかった。
そうでなければ、他国に婿へやらされる事もなかったのだろう。
幼い彼にとって、この婚約は、彼の人格を否定する事と同義だったのかも知れない。
何せ婚約の理由は、彼の毛並みが白いからという一点だけなのだから。
私はあの時、彼になんて答えたのだろう。
それは思い出せなかったけれど、彼がその後とても嬉しそうに笑った事だけは覚えている。
まだ生えかけの歪なたてがみを、ふわふわと揺らして。
ずっと見ていたくなるような、無邪気な笑顔だった。
この笑顔の傍に、居たいと思った。
彼の心は、今もまだ、あの頃の思いを抱えたままなのかも知れない。
自分の中身は、誰にも必要とされていないと、彼が思ったままだったのだとしたら……。
私は先程の自分の行動を恥じる。
彼は、自身の考えを、心を、ちゃんと私に伝えてきたのに。
私が、それを蔑ろにしてしまった。
相反する心と体に苦しむ彼の、体を、優先しようとしてしまった。
私が本当に大切にしなければならなかったのは、彼の心だったのに……。
「ヴィル……」
私の声に、彼の小さな丸い耳がピクリと動いた。
もう、彼は眠ってしまっただろうか。
規則正しく続く呼吸音からは、窺い知れない。
「さっきはごめんなさい……」
私の言葉に、ヴィルが小さく息を詰めた音が、耳に届く。
どうやら、まだ寝付いてはいなかったようだ。
「ヴィルの気持ち、分かったつもりで……。貴方が私に酷くできないなら、私がしたら良いなんて……完全に間違ってた。本当に、ごめんなさい……」
「もういい」
ヴィルの言葉は短かった。
彼は、こちらを見ようともしない。
……ヴィル……。
ここで泣いてしまっては、彼に余計迷惑をかけてしまうと分かっているのに、涙は溢れて止まらなかった。
こんなに、私を大切にしてくれた人を、私が……傷付けてしまった。
その事実に、私は声を殺して肩を震わせる。
泣き声を漏らしては、彼が余計に傷付いてしまう気がした。
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