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「……すまない、まだ慣れなくてね」
夫は足元の黒猫をぎこちなく抱き上げると、真剣な顔で背中を撫でる。
「智さんの奥さんですか?いらっしゃいませ。どうぞ、お好きな席へ」
促され、とりあえずカウンター席に並んで座る。
夫が抱き上げた黒猫はゆっくりと伸びをし、再び腕の中に収まった。
気まずい沈黙の中、夫がメニューを寄越してくる。
「智さんはいつものですか?奥様は何にしますか?」
慌ててメニューに目を通すと、『まりあのホットミルク』『大吾の野菜スムージー』『ゆきのブレンドコーヒー』『せきの気まぐれプリン』
など、個性的なネーミングが並んでいる。
「……貴方はいつも何を頼むの?」
聞こえているはずなのに、夫は固く口を閉じている。
絶対に言わない──言いたくないのか。
「あぁ、智さんは『せきの気まぐれプリン』一択なんです。意外と甘党なんですね」
さっきまで夫の浮気相手だと思っていたこの娘が、屈託なく笑う。
夫の耳が赤くなっている。
「じゃあ、同じものを……」
ここ『夜の公園』は、午後5時からオープンする猫カフェらしい。
会社帰りのOLやサラリーマンが立ち寄れる、癒やしの猫カフェ。
メニューには、可愛らしい猫のイラストがそう説明してくれている。
「由樹も抱いてみるか?」
夫は壊れものを扱うように、慎重に黒猫を私の膝に乗せた。
太ももやお腹に、じんわりと黒猫のあたたかさが伝わってくる。
「命は……あたたかいのね……」
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