昨夜の喧嘩

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「子供の事だが」 その一言で心臓が不自然な音を刻む。 子供を授かるのは正直諦めた。 コウノトリは我が家を見つけられなかったのだ。 公平とか平等とかこの世には、ない。 「あ、時間」 夫を促すように立ち上がり、飲みかけのコーヒーカップをキッチンへ運ぶ。 背中で夫の小さなため息を受け止めた。 午後2時。 駅地下にある小さなカフェ『屋根裏』は、学生時代から通うお気に入りのカフェだ。 丸い大きなグラスに注がれた甘いジュース。 一緒に出されるクッキーも、年月が経っても変わらない。 「ごめん!由樹(ゆき)!」 そう、これも変わらない。 遅刻魔である親友(けい)が到着だ。 「出掛けようとすると、邪魔するみたいに宅急便とか電話とか。はぁ〜疲れた」 顔を見合わせひそかに笑い合う。 結婚しても、お互いこの町で新居を構えたのはラッキーだ。 景は、忙しい育児の合間をぬってこうして会ってくれる。 「フゥン。智秋さんも変わらないね?でも、そんなクールなところが良いと騒いでいたのは?」 確かに付き合い始めた頃は、理知的な夫がスマートで大人の男に見えた。 口数は少なくとも、的確な指摘も頭の回転の速さも全て長所になった。 なのにいつからだろう。 何を考えているのかわからないし、話題も難しくてついていけない。 平気で傷つくセリフを吐く。 長所が短所になっていく。
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