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景の顔を見たら涙が溢れた。
ずっと我慢してたけど、ほんとはこんなに悲しかったんだよ、私……。
私が落ち着くのを待って、景はフルーツタルトのお皿を私に差し出す。
「それは奢り。さ、話して?」
景は時々短く質問するだけで、黙って話を聞いてくれた。
景が頷く度に、長いまつ毛が何度も揺れる。
この天然の長いまつ毛が羨ましかった、昔も今も。
「離婚するなら弁護士紹介するよ?しないなら、証拠探しは止めたら?」
自分以外の口から離婚という言葉を聞くと、途端に胸が苦しくなる。
心の奥底には、平気でそれを住まわせているくせに。
「どうしたいのか、まだわかんない……」
フルーツタルトを口に運ぶ。
安定の極甘タルトは、二人がここ一番の大勝負に注文した、神頼みタルトだ。
試合の前、受験の前、そして告白の前。
今の私には、頼みたい願いがわからない。
「ゆっくり考えたらいい。でもね由樹、言葉にしなければわからない事もあるよ?夫婦だから何でもわかっているなんて……私は違うと思うよ?」
ううん。わかっている。
無口な人だからこそ、そのわかりにくい言葉尻を解釈したり、癖を見抜いたり……私だって努力しているんだよ?
子供がいないから、夫だけを見てきた10年だから。
帰り道、やけに喉が渇いていた。
口の中に甘いタルトの余韻が残っていた。
ここ一番の神頼み……。
神様は私にチャンスをくれるだろうか?
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