尾行

2/3
前へ
/13ページ
次へ
自分がこんなに執念深いとは……。 夕刻定時から、会社の近くでひたすら待つ。 隠れるカフェなどないから、見つからないようにマメに移動する。 尾行3日目、会社から夫が出てきた。 時間は18:00分ちょうどだ。 足早に歩く夫を見失わないよう、慎重に距離をとる。 昨日はタクシーに乗られて尾行は失敗した。 一昨日は会社から出て来ず、諦めて帰った。 今日はまっすぐ駅へ向かっているようだ。 新婚の頃は、サプライズでこの駅へ迎えにきたりした。 あの頃の夫は私を見つけると、メガネをクイッとあげながら少し俯向く。 目元をほころばせながら。 わかりにくい愛情表現だが、甘えて手を繋いでも嫌がらないし、振りほどいたりしなかった。 照れた表情さえクールだと、からかったものだ。 人混みに見え隠れする夫の背中は、あの頃と変わらないのに……。 気持ちだけ離れてしまった。 今、私と夫を隔てるこの距離のように。 気がつくと、駅をとっくに過ぎて古い商店街に差し掛かっている。 心のどこかに、駅の改札を抜け、私の待つ家へと向かう夫を願っていた。 薄っぺらい私の覚悟が、今すぐ回れ右をしろと騒ぎ出す。 この先を知らずに、何もかも蓋をして、何食わぬ顔で暮らしていけば良い。 私は智秋の妻なのだから。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加