15人が本棚に入れています
本棚に追加
自分がこんなに執念深いとは……。
夕刻定時から、会社の近くでひたすら待つ。
隠れるカフェなどないから、見つからないようにマメに移動する。
尾行3日目、会社から夫が出てきた。
時間は18:00分ちょうどだ。
足早に歩く夫を見失わないよう、慎重に距離をとる。
昨日はタクシーに乗られて尾行は失敗した。
一昨日は会社から出て来ず、諦めて帰った。
今日はまっすぐ駅へ向かっているようだ。
新婚の頃は、サプライズでこの駅へ迎えにきたりした。
あの頃の夫は私を見つけると、メガネをクイッとあげながら少し俯向く。
目元をほころばせながら。
わかりにくい愛情表現だが、甘えて手を繋いでも嫌がらないし、振りほどいたりしなかった。
照れた表情さえクールだと、からかったものだ。
人混みに見え隠れする夫の背中は、あの頃と変わらないのに……。
気持ちだけ離れてしまった。
今、私と夫を隔てるこの距離のように。
気がつくと、駅をとっくに過ぎて古い商店街に差し掛かっている。
心のどこかに、駅の改札を抜け、私の待つ家へと向かう夫を願っていた。
薄っぺらい私の覚悟が、今すぐ回れ右をしろと騒ぎ出す。
この先を知らずに、何もかも蓋をして、何食わぬ顔で暮らしていけば良い。
私は智秋の妻なのだから。
最初のコメントを投稿しよう!