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 ずぞぞ ずるずる ずぞぞぞ  店内に彼女のすする音が響く。なんて豪快な食べっぷりなんだ。口の中に麺が吸い込まれるのを、僕はただ見つめていた。豚バラ肉も一気に箸で掴むと口に入れ頬張った。先ほどのクールさは消え、額には汗がにじんでいる。麺や肉で頬が膨らむ姿は小動物のようで愛らしい。  僕はまじまじと見ていたが、それ以上に彼女も気づいている様子はない。自分の世界に入り込んでいるのだろうか。メンマだろうがネギだろうががっついていた。そんな脇役でも彼女が食べると、とても魅力的に見える。今度は生卵に狙いを定め、箸で中心から割った。軽く混ぜると麺や肉に絡み、黄色に染まっていく。彼女がさらに笑顔になっていった。そして、また麺に絡まった肉ごとすすっていく。  かぶ ずずう ずぞぞぞ  周囲を見ると客やバイト、あのハラスメントとほざいていたメガネすら彼女をずっと見つめていた。半分くらいの量まで減ると、ついに彼女は器を持ち上げる。彼女の頭くらいあるどんぶりに口をつけると、スープを飲み込んでいった。  ずずず ごく ごっくん  入っていく度に喉が鳴り、白い項がほんのり色づいていく。器を置くときには口紅がほとんどとれ、代わりに頬や目の下が赤くなっていた。ホッと一息つく彼女は今にも天に昇っていきそうである。こんなに旨そうに食う人、初めて見た。 「おお、ねえちゃん。食いっぷりがいいね」  口を開いたのは、調理場にいた店主らしき浅黒い中年の男だった。 「だって、とっても美味しいんですもの」  彼女の言葉に店主は、そうかそうか、と頷く。どうだ、旨そうに食べるだろ。自分の知り合いでもないのに、虎の威を借る狐のようにメガネの方に振り返った。メガネは彼女を見つめたまま、放心状態だった。 「ねえ、やっぱり美味しそうじゃない?」  小太りがメガネに言った。メガネは半ば漏らすように、ああ、と答えるが、すぐに首を振る。 「いや、やっぱり今後のグローバル化を考えると」 「でも、めっちゃ見てたじゃん」  のっぽに揚げ足を取られ、メガネが小突こうとした。そのとき、店員が4人の前に料理を運んでくる。
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