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「ヌードルハラスメントだよ」
ハラスメント、という言葉で店内のすする音が止まった。昼時のラーメン屋は、サラリーマンや大学生でごった返している。しかし、聞こえてくるのは麺を湯がく音やスープを煮込む音だけだ。僕は声が聞こえたテーブル席に視線を向ける。
「ヌードルハラスメント。知らない?」
「何それ?」
大学生だろうか、黒縁メガネの青年が投げかける。向かいにいる小太りの男はラーメンを目の前に首をかしげた。
「すする音が不快ってことだよ」
「え、麺類はすするものだろ」
小太りの隣に座っていたのっぽが反論するように箸で差す。
「いや、そう思っているのは日本人だけで、外国ではマナー違反だぞ」
静かな店内に彼の話だけが響いた。注文を待っている店員も注目している。
「音を立てなくても食べられるんだ。なのに、『すすることは文化』だなんて年寄りたちは抜かしやがって」
その悪態にカウンターにいたサラリーマンの動きが止まった。そして、かすかに箸を震わせながら麺を口に運び、音を立てないようにそっと吸い上げた。
「グローバルに伴って、やはりマナーも変えていかないとならないだろ。俺も前からすする音は品がないと思っていたんだよね」
「さすが意識高いねぇ」
メガネの隣に座っていた女子が褒めた。意識高いとは違うだろ。そう言いたくても、メガネの勝ち誇ったような笑みを見ていることしかできなかった。
そんな店内の静寂を破ったのは、引き戸の音だった。
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