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「えーっと、なになに? 名は犬養流雨で間違いないね? 」
「はいっ! 」
別に裏方や控室へ通されるわけでもなく、カウンターの奥へと通された犬養と呼ばれた青年は、おっさんと向かい合わせになるように置かれた木箱に座らされた。そして手汗でインクがにじみそうになっている履歴書をおっさんにスッと流れるように摘まみ取られ、ノータイムで面接を始められたのだった。心の準備も何も無く突如始まった面接に犬養の背筋は天高く伸びきっている。気のせいか声もどこか上擦っていた。
「へー……ふーん……高校生……」
棒付き飴を咥えながら猫背で履歴書を覗き込むその面接官らしからぬ姿に、犬養の緊張はより一層強まる。
ぱーっと一通り履歴書の内容に目を通したらしいおっさんは、チラッと一度犬養に視線を送り、飴をボリボリと噛み砕いて、ポイッと棒をゴミ箱へ投げ捨てた。
「うっし、とりあえず採用試験するか」
「……はい? 」
予想外すぎた言葉に、犬養は思わずキョトンと情けない顔をしてしまう。
「期間は一週間。その間駄賃は出さねぇぞ」
「へぁっ?! サイヨウシケン?! イッシュウカン?! ちょっと待ってください、志望動機とか聞かなくていいんですか?! 」
思いがけない言葉に犬養は驚きを隠せていない。しかしおっさんはそんな慌てふためく青年に冷めた視線を送る。
「あんなの上っ面でどうにでも書けるから聞いたところで意味ないんだわ。それに、あの黄ばんだ紙見て応募したってだけで十分すぎる志望動機だよ」
片手をひらひらと呆れながら仰ぐおっさんに、犬養はガックシと盛大に脱力した。
「そんな身も蓋もない……」
そう言って肩から完全に力が抜けきった青年に、おっさんはまるで挑発するかのように残酷な言葉を投げ掛ける。
「別に嫌なら他の所に行ってもいいんだぞ。俺ぁ別にバイトがいようがいまいがそんな困らないからな」
おっさんの残酷な言葉に額を押さえて俯く犬養。しかしその顔は泣きそうになっているというわけではなく、何かを真剣に考えているようだった。そんな彼を一分ほど見つめるおっさんだったが、犬養の中で一つの答えが出たらしい。青年はおずおずとだがその口を開いた。
「……わかりました。その採用試験、受けます」
どこか弱々しい声色なのに、真剣みを帯びた目が真っ直ぐとおっさんを捉える。居心地が悪いのか、諦めの悪い青年に負けてなのか、どことなく煙草の臭いと飴の甘い香りが混ざった吐息がおっさんの口から自然と吐き出された。
「どうしてここにこだわるかねぇ……まあいい。見ての通り、俺はここの店長だ。一週間、キミの働きを厳しく評価すっからしっかりタダ働きしろよ」
スッと差し出された右手に犬養は抵抗に近い遠慮をするも、おっさんがひと睨みすればおずおずと右手で握り返した。いわゆる握手というやつである。
いつまでも握っている訳にもいかず、店長であるおっさんがあっさりと右手を離した。そして店長はそのまま何か考えるようにポリポリと後頭部を掻いている。
「まー、なんだ。とりあえずバイトくんには品出しとレジと接客頼むわ」
正式採用でもないのに「バイト」と呼ばれたことに犬養は引っかかりを覚えるも、業務内容が思っていた通りで一安心といった所だった。
「実際の試験は明日からだから、今のうちにレジ打ちと簡単な品出しは覚えてもらおうか」
「え、明日からなら明日でよくないですか? 」
早速レジ打ちの使い方を教えようと木箱から立ち上がっている店長に、犬養は素直に疑問をぶつける。犬養のもっともな言い分に、中腰のまま店長は「んー」とか「あー」とか呟いて何かを考えている。
しかし彼の中で決心がついたのか、その曖昧な時間はすぐ終わった。そして店長は言葉を伝えようとその口を開く。
「俺、人間嫌いなんだわ」
「……はい? 」
考えていた割にはあっけらかんと答える店長。あまりにも理にかなっていない理由に、犬養の口からは思わずと言った感じに素っ頓狂な声が漏れ出ていた。
「人間嫌いだから、あまり人目がない時にキミに叩き込むってワケ」
「いやいやいや、意味がわからない。そもそも今までどうしていたんですか」
接客業、ましてや店長とは思えない発言に、犬養はツッコまざるを得なかった。驚きの連続で犬養の頭はキャパオーバーを起こしかけている。しかし店長からすればそんなことはわからないので、中腰で痛み始めた腰を反らせて伸ばしていた。
「意外と店はどうにかなるもんだぜ」
「いやいやいや、私生活とかどうしてるんですか」
「顔にでっかい傷があるヤツと日本人の癖に眼が青いヤツは信用してっからどうにかなってる」
店長の答えになっていない答えに、「はぁ?! 」と叫びながら犬養は勢いよく木箱から立ち上がる。
「意味わからん! 誰ですかその人たち! 」
「よーし、基本業務教えっからしっかり頭に叩き込めよー? 」
「話を聞いてください! 」
この日、店内に響き渡る犬養の叫び声にいつもの常連さんたちが空気を読んで入店しなかったことを、犬養は知らない。
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