駄菓子屋かたいは今日も賑やか

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 採用試験なんて仰々しく言うものだから、初日はそれはもう前日必死に取ったメモを頭に叩き込み、右足と右手が同時に出るようなムーブをかましていた犬養だったが、いざ蓋を開けてみればエプロンを一枚渡されてレジ前に立たされただけだった。近くで店長が試験監督よろしくクリップボードとペンを持って厳しく採点しているかと思えば、そんな様子は一切なし。エプロンを渡してすぐ、店長は店の奥へと籠ってしまった。だが籠っている間は発注やその他面倒な裏方仕事をしているようで、お陰様で犬養の業務は主にレジ打ちと簡単な品出しと客の対応くらいである。  しかしこの客の対応が非常に厄介だった。円河市の奥まった、そして寂れた通り沿いに店舗を構えているため、やって来るのは主に近所の子供くらいである。だけどその子供たちが何癖もある奴らだったのだ。  小学校低学年くらいで算数が苦手らしく、計算が下手な少女はまだいい。汚れた和服を身に纏ってキツネとタヌキと思われる耳と尻尾を生やした子供二人組や、明らかにあらゆるパーツを継ぎ接ぎされたのがわかる子供、ぬるぬるとスライム状の何かから人型になる子供、口からこれでもかととんでもない冷気を放つ子、何故か鏡の中から現れるジャージ姿の美少女等、どこからどう見ても人間ではない子供しか来店してこなかった。余談だが、計算が苦手な少女は人狼の子供だった。  相手が子供だからなのか、それとも人外だからなのか、はたまた犬養が真面目過ぎるのか。悲しいことに人間として常識的な子供は数少なく、犬養は振り回されっぱなしだった。初めて見る店員に子供たちは人見知りを発揮するどころか興味津々。レジで精算をしていればやたらしつこく話しかけられ、駄菓子を補充していればちょっかいという名の邪魔をしてくる。なるほどこれなら採用試験を行う理由もわかるかも、と犬養は子供たちの対応に追われながら一人密かに納得していた。見るからにやる気のないおっさんが今までこれらに対応していたのかと思えばある意味尊敬もしてしまう。  ようやっと客足が落ち着いた頃合いを見計らって、エプロンの肩紐がずれ落ちていることにも気づいていない犬養は店長に質問しようと奥の控室へと足を運んだ。ノートパソコンと灰皿の置かれたちゃぶ台と、その他業務に使うらしいファイルやノートが床に散らばった畳の部屋で、店長はダラダラと横になっていた。部屋は煙草の臭いが充満しており、犬養の鼻は今にもひん曲がりそうになっている。 「あの、店長」 「んぁー? まだ仕事は終わらんぞ? 」  店長のその情けない姿にカチンと来ながらも、どうにかして自分を落ち着かせて、冷静に声をかける犬養。彼が顔を引きつらせているなんて気づいていない店長は、どうにも腑抜けた声を出している。 「そうではなくて。あの、どう見ても人間じゃない子供しか来てない気がするんですが」 「そりゃあバイトくん。ここは円河市だ。多くの怪異が暮らしているからな。言っとくがちゃんと人間の客も来る時あるんだぞー?」  何も変な事ではないと軽い口調で返す店長に、犬養はどこか納得のいかない様子。 「なんだー? 怖じ気ついたかー? 」  やめるなら今のうちだぞーと茶化してくる店長に、犬養は真剣な眼差しを返した。 「あの……むしろ店長は怖くないんですか? 」  横になってだらけながらも、犬養の言わんとしていることを理解した店長の彼を見る目がスッ……と静かに細くなった。だがそれは束の間で、瞬時にいつのものやる気のない眠そうな目に戻れば、にへらと力なく笑った。 「ばーか、人間嫌いの俺にはこれくらいがちょうどいいんだよ。そぉら、まだ仕事は終わってねぇんだ、さっさと持ち場に戻りな」  面接の時店長が言っていた「意外と店はどうにかなる」発言はこういうことだったのかもしれない。まだ犬養の中でモヤはかかってはいるものの、先程よりかはスッと軽くなった気がした。あくまでも気がしたってだけで、聞きたいことはまだまだある。  しかし、しっしっと手で払われてしまっては犬養も部屋に長居するわけにもいかない。もしこれで長居すれば減点されて不採用なんてことも考えられる。まだ何か言いたげな犬養だが、今この瞬間お小遣いを握りしめた子供が来店しているかもしれないと思うと真面目な彼は気が気でなく、己の重い足を引きずって持ち場へと戻っていった。
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