13人が本棚に入れています
本棚に追加
すると、彼の進行方向の遠くに何か影を見つけた。グンっと足に力を入れて速度を上げれば、その影が徐々に大きくなっていく。然程視力がいい訳でもない犬養が認識できる距離まで近づけば、ターゲットでもある怪しい人と少女の二人だった。怪しい人物は前を走るのに必死だが、担がれた少女は犬養の存在に気づくと必死に腕を伸ばしてくる。どうにかしてその腕を捕まえようと犬養は更に加速するも、エプロンが纏わりついて走りづらい。脱ぎ捨てるなり破り捨てるなりしたいところだが、布切れに構っていられるほどの余裕は今の犬養にはなかった。彼は今、一秒でも早く大事な顧客を、遠くからでもわかるレベルの血と火薬の臭いを纏った人物から救い出さねばと必死だった。こうなるのなら店長に報告するだけにせず、自ら声をかけに行けばよかったと悔やむ気持ちが彼を掻きたてていた。店長の「子供らに何かあったら大変だから」という言葉が犬養の脳内をぐるぐると回っており、彼を更に焦らせる。大事な顧客を守れなかったら、最悪採用試験を落とされるかもしれない。いや、それだけではない。確実に自分の中で後味が悪くなってしまう。犬養はどうにかしてでもそれらを死守したかった。
しかしこの迷路のように入り組んだ路地が功を成す。
怪しい人はこの円河市の路地に慣れていなかったのか、情けなくも自ら行き止まりへと辿り着いてしまった。偶然とは言え、犬養は怪しい人を追い詰めることに成功したのだ。
行き止まりである壁を見上げるそれへじりじりと近づく犬養。
「あのぉ、すみませーん。その子、うちの大事なお客さんなんでえ、そのー……できれば離していただければ……」
一体何を目的として彼女をさらったのかわからない。わからないからこそ、犬養は相手を刺激しないよう言葉を選びながらゆっくりと近づく。
犬養の発言で怪しい人が振り向く。相変わらず帽子を深く被っているからその顔はわからない。しかし犬養が近づいていることに気づいたそれは、彼と向き合い、空いている腕を懐へと突っ込む。そしてガチャリと音を立てながら取り出されたそれに犬養の足は止まり、息を呑んだ。
「(──火薬の臭いを纏っていたから当たり前か。でもこの状況はマズい! )」
犬養に向けられたそれは、拳銃だった。犬養の思っている通り、火薬の臭いをさせていたのだから持っていてもおかしくないし、予想もできたはず。だが、ただの無害な存在である犬養にとっては、拳銃と言う武器は十分すぎるほどの脅威だ。犬養はゴクリと空唾を飲み込む。変に冷静を装っているが、彼は今すぐにでも尻尾巻いて逃げ出したかった。でも子供を置いて行ったことを店長に知られたらと思うと、逃げるに逃げ出せない。それにここで背を向けたら、それはそれで撃たれそうで犬養は怖かった。
相手は銃口をブレずに真っ直ぐと犬養に向ける。意識が逸れる様子はない。この緊迫した状況に、犬養は一筋の冷や汗を垂らしながら微動だにできずにいた。パニックのあまり、今の彼にはここからの打開策が何一つも思いつかない。
最初のコメントを投稿しよう!