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予想外のトラブルもあったものの、無事一週間の採用試験を乗り越えた犬養。
業務時間も終わり、いつもの店仕舞いを終えた犬養は店長に控室兼用の奥の部屋へ呼ばれていた。
なんとなく何を話されるのか察していた犬養は、緊張した面持ちで店長と向き合うように正座をしていた。
「まあ何となくわかっていると思うが、キミ採用するわ。明日から給料出るぜ」
煙草を吹かしてニヤニヤしながら言われた店長の言葉に、犬養は思わずその場で隠しもせず盛大にガッツポーズをしてしまった。
「ということはオレは自称人間嫌いである店長の中で信用できる存在になったんですね! 」
嬉しさのあまりガッツポーズのまま嬉々として、そして少し大げさに言い放つ。しかし店長はというと目をわずかに開かせて紫煙を吐き出すという思いもしない反応を返した。
「何言ってんだ。キミ、犬の妖怪だろ」
何気なく言われた店長の言葉に、ガッツポーズを取ったままピシャリと固まる犬養。まるで彼が耳にした店長の言葉が石化の呪文のようだった。
店長の放った発言はどうやら図星らしい。
「え、あ、え……?」
どうにかして声帯を震わせるも狼狽えすぎて意味のない声しか出せてこない犬養の様子を見ながら、トントンと灰皿に灰を落とす店長。
「な、なんでわかったんですか……?いや、そもそもどのじてんで……?」
ようやく意味のあることを話せてもかなりしどろもどろになっている犬養。だがそんな彼の様子なんか知ったこっちゃないと言わんばかりに店長は煙草を口元に運びながらも、律義に答えた。
「いつって、最初からだが? 」
「何で?! 」
これまた予想外だったらしく、犬養はバンッ! とちゃぶ台を盛大に叩きながら声を荒げる。勢いのあまり灰皿は少し宙を浮くも、店長はマイペースに言葉を続けた。
「何故って……入口に貼ってあるバイト募集の紙。あれ、人間には何も書かれていない、ただの黄ばんだ紙に見える特殊加工だぜ」
「ま、マジか……」
店長から新たに知らされた事実に、犬養はへなへなと力なくちゃぶ台に突っ伏す。
面接の際に言われた「黄ばんだ紙見て応募したってだけで十分すぎる志望動機だ」とはこういうことだったようだ。店長は最初から犬養が人間ではなく、妖怪であることを見抜いていた。円河市の技術は時として大変奇天烈である。
「あとキミ、この間店先で空腹で倒れてた犬だろ。俺があの時たまたま人間用のだけどジャーキー持っててよかったな」
「そこまでバレてた……その節は大変お世話になりました……」
「さしずめその恩返しでバイト応募ってところか」
「うぐぅ……! 」
最後のとどめだと言わんばかりに店長の口から紫煙と共に放たれた言葉はものの見事に犬養の羞恥を打ち抜いたらしく、犬養はズルズルとちゃぶ台から離れてそのまま横たわった。そして両手で顔を覆う。両手で隠れた顔はわからないが、隠れていない両耳は真っ赤だ。心なしか頭から湯気が出ている気がする。
「あと言っとくが、俺ぁ別にキミを『信用できる人間かどうか』を見てたんじゃなくて、『人間社会で働けるか』『予想外のトラブルにある程度冷静に人でいられるか』を見てただけだぞ。」
「穴掘って埋まりたい……今すぐ……」
「はっはっは、犬だけにか」
ついには畳に顔を押し付け始める犬養。そんな彼の様子を、心底楽しそうに店長は眺めた。
しばらくそうして顔を畳にうずめていた犬養だが、少し落ち着いたのかその場に座りなおした。まだ多少顔を赤くした彼の額にはくっきりと畳の跡が残っており、店長は思わず噴き出してしまう。
「てか何で店長オレが犬の妖怪ってわかったんすか。黄ばんだ紙以外で」
「ん?んー……前職で鍛えた直感かな。まあキミが物陰で怪しいヤツ見たっつー報告ん時に臭いまで言って確信したけどな」
「あっ、あー……あの時……完全に無意識でした……」
「その嗅覚いいよな。色々と便利そうだ」
畳の跡がくっきりと残る額を押さえる犬養。だがそこでふと店長の発言で気になったところがあったのか、犬養は顔を上げた。
「前職……?そういや店長何者なんですか」
ただ者ではないですよね? と首を傾げる犬養。そんな彼に対して、店長はどこか考える素振りを見せながらふー……とまた紫煙を吐き出し、煙草を灰皿に押し付けた。
「あー……まあアレだ。円河市警察怪奇現象対策課の元隊長ってところかな」
「何でそんな凄い人が駄菓子屋やってるんですか。てか何でそれで人間不信になるんですか」
突然自分の両腕を支えに仰け反る店長。一瞬見えた表情は、どこか悲し気に目を細めていた。
「んー……ザックリ言えば、愛した存在が人外で、人外を良く思わない人間連中にそいつをめちゃくちゃに殺されて、精神的に参って仕事どころじゃなくなったから辞めた」
「そんな激重案件を軽々と言わないでくださいよ……。反応に困るじゃないですか……」
「はっはっは」
「いや笑うところじゃないですって」
犬養の言う通りで、笑うところではない。実際、天井を見上げている店長の顔は今にも泣きそうで、彼の笑いは完全に空元気のそれであることがうかがえる。
「だからさ、俺ぁこの廃れた地区に多くいる人外の子供らを守ってるわけ。アイツが子供好きだったってこともあるけどさ」
よっこいせと上体を戻した店長の鼻は少し赤くなっていた。
「少しでも殺される人外を減らしたいんだよ。表向きは駄菓子屋、裏は人外の子供を守るヒーローってやつだ。どうだ、カッコいいだろ」
ニヤリと口角を上げながら真っ直ぐと犬養を見つめる店長の目は多少潤んではいるが、それ以上に誇りをもってこの仕事をしているんだと言うことがはっきりと伝わってくる。
「……強いんですね、店長」
「んなワケねーだろ。強かったら怪対辞めてねーわ」
犬養の発言に顔をこれでもかと歪ませるも、そう言われて嬉しいやら照れくさいやらで器用に頬を薄っすらと赤く染める。そんな店長の様子に犬養は静かにだが思わず笑ってしまい、その反応に店長は益々拗ねてしまった。
しかしそんな気まずいのやら和やかなのやらとよくわからない空気を変えようと、店長は「あー」とか「うー」とか呻きながら後頭部をガシガシと力強く掻く。そしてこの若干居心地の悪い空気を変える方法を思いついたのか、一つ咳ばらいをしてスッと右手を犬養へ差し出した。
「まー、なんだ。いつまでここにいんのかわからんが、これからもよろしくな」
フッと表情を緩めながら差し出された右手を一度見つめる犬養だが、今度はその右手を戸惑いも何も無く、笑顔で元気よく握り返した。
「はい、よろしくお願いします! 」
─駄菓子屋かたいは今日も賑やか・完─
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