順位を知りたい欲求は悪なのか

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順位を知りたい欲求は悪なのか

小学生時代クラスで浮いていた私は、地元の中学校への進学が嫌で、勉強ができるわけではなかったが、中学受験をし、中高一貫の学園へ入学した。 「中間・期末試験で20位以内に入れたら、10000円くらいまでの好きなものを買ってあげるから勉強がんばりなさいね。」 見返りがないと私が勉強をしないことを見抜いていた母は、こんな申し出を私にした。 「えー、10位以内でも10000円までなの?」 10位以内と20位以内では大きな隔たりがあるように思えた私は、この際、細かく見返りを決めようと思った。 「うーん、そしたら、10位以内は15000円にしましょう。」 乗ってくれた母に気をよくした私はこれはいけるとさらに話を続けた。 「じゃあ、5位以内なら20000円ね。」 母は苦笑いしながら、はいはいとうなづいた。 「1位は他の順位と全然違うと思うんだけど?」 皮算用に期待を膨らませながら、母に上目遣いを送った。 「…うーん、じゃあ、1位取れたら、何でも買ってあげる。もちろん常識の範囲内でね。」 「やったーー!」 私は俄然勉強に取り組む気になった。 初めての中間試験。 私はこれまでにないほど勉強した。 部活から帰宅し、夕飯を食べるとすぐ自室にこもり日にちが変わるくらいまで勉強をし、早起きして、通学前にも勉強をした。 試験の結果が返ってくると、その成果は順位にきちんと反映された。 10位圏内に入ったのである。 私は、勉強の成果がこんなにきちんと現れた何より達成感に満足した。 そして、母に何を買ってもらうかに思いをはせたところではたと気づいた。 ー私はいったい何位なんだろう? 総合得点はわかるのだが、学園の順位の打ち出しは、10位単位だったのである。 1位、2~5位、5~10位で買ってもらえるものが変わるのである。 誕生日でも、このような高額な商品なんてそうそう勝ってもらえない。 「はっきりした順位は教えてもらえないのね。」 私は友人にため息まじりにそう言った。 「?担任に直接聞いたら教えてもらえるってお姉ちゃんが言ってたよ。」 上級生に兄弟のいる友人はそう言った。 つまりはっきりした順位がわかるということである。 皮算用をしている時にそれぞれの価格で買ってもらう商品を決めていた。 15000円なら太宰治全集。 20000円なら泉鏡花全集。 何でも買ってもらえるなら、星新一全集。 私は早速放課後、担任に順位を聞きにいった。 「はぁ。お前なぁ。1年生の初回から順位気にするのか?  そんなことより部活に打ち込むとかもっとやることあるだろう。  仕方ないから教えてやるけどな。あまり良いことじゃないぞ。  6位だ。」 ー勉強も部活もどちらに打ち込んで何が悪い。 心の中でそう思いながら、6位という、あと一歩及ばず15000円であったことにくやしさを覚えた。 帰宅後、母に順位を伝えると、一瞬固まった後、太宰治全集を買ってくれると言質を取った。 期末試験も順調に成績をのばした。 またお小言があるかもなと思いつつ、順位によっては泉鏡花全集や星新一全集が買ってもらえるとあって、順位聞きたい欲求は抑えられなかった。 「お前、前回聞きにきた時の俺の言葉わからなかったのか?  そんなに順位に固執してどうするんだ。  感心されることじゃないぞ。  そんなことよりやることがあるだろう。  スポーツでもして健全な心を養ってみたらどうだ。」 バスケ部の顧問である担任に前回より冷たい視線を向けらえながらそう言われた。 「…親に聞いて来なさいと言われて。」 「…はぁ…4位だ。」 スポーツでは試合で勝ち負けをはっきりさせるのに、なぜそれはよくて、勉強の成果をはっきりさせるのはダメなのだ。 担任の発言に不満を募らせたが、聞きたかったことは聞けたので、それでよしとした。 帰宅し、母に順位を告げると、作り笑いでほめてくれ、泉鏡花全集を買ってもらえることになった。 ここからなかなか思うように成績はのびなかった。 一進一退を繰り返すが、10位圏内であるものの4位以上を取ることができなかった。 担任からは毎回苦言を呈された。 担任も我慢の限界であったのか、ある日の学級会、「誰とは言わないけどな」という前置きから、いかに順位に固執することが愚かなことであるかを語った。 1年生で順位を確認する生徒は、職員会議で全学年の問題に上がり、全学年で問題行動として生徒に語られた。 私はわけがわからなかった。 この社会が勉強に順位をつけているではないか。 それなのに、なぜそこまで言われねばならないのか。 スポーツと勉強の何が違うのか。 私も担任に不満を募らせていた。 母からは、落とした順位で成功報酬は買ってあげられないと言われた。 家計が持たないから、勘弁してとも言われた。 つまり私が試験で何かを手に入れるためには残るは星新一全集しかなかったのである。 私は諦めるつもりはなかった。 3学期の期末試験、その時はやってきた。 「…1位だ。」 担任はお小言を言うことなく、順位を告げた。 私は心の中でガッツポーズをした。 これで星新一全集が買ってもらえる。 私の様子を伺っていた担任が深いため息をついた。 「…これで満足か?」 「…」 「…お前、それで本当にいいのか?」 カチンときた。虫の居所が悪かったのかもしれない。 私は言い返さずにはいられなかった。 「何がですか?」 「何がって…はぁ…。順位ばかり気にして、そんなに良い大学に入りたいのか。勉強がすべてじゃないぞ。」 「…先生は部活の試合で勝ち負けを気にしないんですか?」 「そりゃ。気にするだろう。スポーツだからな。」 「ですよね。試験も順位出してるじゃないですか。だから聞いたら教えてもらえるんですよね。」 「それは成績をつけないといけないからだろ。」 「同じじゃないですか。スポーツに打ち込んだ成果を試合で発揮して、勝ち負けや順位が明確になるように、勉強した成果をぶつける試験にも順位がある。私が今熱中して打ち込んでいるのが、スポーツじゃなくて勉強なだけなのに、なぜスポーツは褒められて、勉強はそうじゃないんですか。」 「…屁理屈を。…もういい。行っていいぞ。」 忌々しいという表情をされながら、手をシッシッとされたので、私はそれ以上何も言わずに職員室を後にした。 結局は担任が何を良しとするかなのだ。 方針は担任次第。きっと試験の順位を聞くことにこれほどまで嫌悪しない担任もいるだろう。 小さな小さな学園の小さな1つのクラスの考え方は担任の個性や考え方によって汚染されていくのだ。 ともあれ、これで私は星新一全集を買ってもらえる。 そして、これ以上母は試験で良い成績をおさめても成功報酬は用意してくれないだろう。 ここで打ち止めである。 次年度が同じ担任かはわからないが、もう順位を聞きにいくこともないので、きっと更生したとでも思うのかもしれない。 それだけは少し癪にさわった。 だからといって、そこで勉強に興味を無くしたかというと、そうではなかった。 勉強が成果として試験結果に現れることは嬉しかったので、今までほどではないが、ある程度勉強することはやめなかった。 だが、執着は無くなったので、次第に、順位は下がっていった。
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