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「今回のお題は猫ってわけか……うーん、猫かあ……猫ねえ……」
「また、難しい顔してるわね。なに、いよいよアイディアが枯渇してきたの?」
「……認めたくないけど、まあ、そういうことかもしれないなあ。特にここんとこ……いや、それはともかく、何かいいネタないかね?」
「猫の話なんて、それこそ事欠かないじゃないの?何を悩んでるのよ」
「うーん、まさにそこなんだよ。沢山あり過ぎるからこそ絞り切れない、という感じなんだよな」
「じゃあ、例えば人の言葉を喋る猫が登場する話とか?」
「人語を話す猫なんて、それこそ陳腐な感じしない?そんなキャラ、もうごまんと出てるしさ」
「キャラという切り口で考えるから陳腐に見えるのよ。このテーマはある意味古典とも言えるのよ」
「古典かなあ、そりゃ、長靴をはいた猫とかは昔からあるけどな」
「もっと日本の古典にも目を向けなきゃ。江戸時代にも色々いいネタがあるじゃない」
「江戸時代?何かあったっけ」
「ほら、根岸鎮衛の編纂したやつとか」
「根岸鎮衛?誰だっけ」
「あなたって、物書きの割にはものを知らないわね。耳嚢って素晴らしい本があるでしょう」
「耳嚢?ああ、聞いたことはあるな。あまり真剣に読んだことは無いんだけど」
「怪談作家とか言ってるんなら、耳嚢くらい読んどきなさいよ。確かに怪談だけじゃなくて、とてつもなく幅広い話題をカバーしてるけどね。色んな意味で面白いのよ。で、とにかくその中に人語を話す猫が出てくるエピソードがあるの」
「本当?どんな話?」
「あるお寺で一匹の猫を大事に飼っていたの。ある時その猫が庭に飛んできた鳩を狙ってた。まさに捕えようとした寸前で、和尚さんが止めようとして声をかけたら、鳩は飛んで逃げてしまった。それを見て猫が”残念なり”と人語で呟いたのよ」
「なるほどね。余程残念だったんだろうね。それで?」
「和尚さんはびっくりして、その猫を捕まえると、”猫のくせにものを言うとは、お前は人をたぶらかす化け物であろう”と言って、小柄を出して殺そうとするわけ」
「お坊さんのくせに、ずいぶん乱暴だなあ。大体、その猫はお寺で大事に飼われていたんだろう?そんなに大事に飼っていた猫をいきなり殺そうとするなんて、わけのわからん坊主だな」
「人間って、何か信じられないものを目にすると、パニックになって思考停止に陥っちゃうでしょ。そういう生き物なのよ。普段から精神的な修養に努めてる筈のお坊さんでさえ、そうなっちゃうんだからね」
「なるほどねえ。で、その後どうなったの」
「その猫が、”そもそも我々猫は、長く生きながらえれば人語を話すようになれるのです”という事情を説明したら、一応和尚さんも納得してくれて、命だけは助けてもらえたの。でも、結局猫はそのままどこかに行っちゃったんだけどね。もうここにはいられないと思ったんでしょうね」
「和尚さんも、つくづく早まったなあ。そのまま受け入れて仲良く暮らしたら楽しかったろうに」
「まったくねえ。あと、この話って、鳥を逃がした猫が”残念なり”と話した、という肝の部分はそのままで、舞台が武家屋敷になったり、鳥の種類が変わってたり、派生バージョンみたいな話もあるのよ。なんだか都市伝説みたいでしょ」
「そうだね。まさに都市伝説だったんだろうな。そもそも江戸と言えば、都市伝説の宝庫……あっ、ちょっと待って!」
「あなた……あれ、お客様じゃないの?」
「違うよ。今度の新作についてリモートで打ち合わせ中なんだ。イヤホン付けるの忘れてたな」
「あ、ごめんなさい。お邪魔しちゃったわね。あら、タマちゃんもここにいたの。パパのお仕事邪魔しちゃだめよ」
「ニャオン」
「はは、大丈夫だよ。タマはお利口だからな」
「じゃ、終わったら声かけてくださる?ぼちぼちご飯ですよ」
「うん、有難う。もうすぐ終わる……」
「……行ったみたいね」
「ふう、危ないところだったな。万が一こんなところ女房に見られたら大騒ぎになるところだった」
「まあ、すぐ忘れるでしょう。人間って、あまりにもとんでもないものに遭遇すると、パニックを通り越して、しまいには頭からデリートしちゃうでしょ」
「だいたい、君がアイディアを話して、俺がそれを入力するっていうやり方だから、こういう危険も出てくるわけだ。君が考えた話をその手でそのまま入力出来たら、こんなことにもならんわけだよな。俺も楽だし」
「少しは自分の手を動かしたらどう?人間のくせに。ボケ防止にもなるわよ」
「はは、それもそうだな。それにしても、今まで発表した俺の作品が、すべて猫が考えたものだってことが万が一にでも公になったりしたら、大変なことになるだろうな」
「どうせ、みんなすぐに忘れるわよ。ニャハハハ」
[了]
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