憎悪

1/7
前へ
/113ページ
次へ

憎悪

 ズタ袋の中身は確かにターゲットの男共で間違いなかった。  死体をポラロイドカメラで撮影し、報酬をトーヤに渡す。  「はい、ご苦労さん」  「地下室借りていい?」  「どーぞ」  トーヤは2つの死体を抱えて地下室へと降りていった。  あの部屋にはシャワー室がある。  前の住人が人間を殺してた現場。  そのおかげで私はこの家を格安で購入出来た。  トーヤも死体を解体するのによく使っている。  とても良い買い物をした。  あたしとトーヤが出会ったのは半年前。  風俗嬢の仕事を隠れ蓑に、本業のクスリ屋もようやく起動に乗りかかっていた時。  あたしはポカをやらかした。  常連だった男を引っ掛けて金を持ち逃げしたのだが、その相手が悪かった。  暴力団やマフィアも恐れる、渚一族。  その三男坊をあたしは知らずにカモにしていた。  ご丁寧に薬漬けにして。  共犯で一緒に金を山分けした男は、それはそれは無残で哀れに殺された。  あたしも半殺しにされた。  何とかスキを見て逃げ出したが、あたしにはもう自分で首を括るしか逃げ道は無かった。  だけど最後の最後で運はあたしに味方した。  トーヤに出会ったからだ。  あたしは有り金全部やるから助けて欲しいと懇願して、トーヤは死体が貰えるなら、とあっさり協力してくれた。  そしてあっさり渚一族を退けてしまった。  渚一族は8年前の戦争にも支出していたし、裏の世界の権力は絶大だった。  それが一夜でほぼ壊滅したとなれば、裏社会はそりゃあ大騒ぎ。  あたしは命拾いしたものの、ますます目を付けられ引き返すことも出来なくなった。  トーヤは全然気にしてなかったが。  だけどやっぱりあたしはツイていた。  敵も増えたが味方も増えたからだ。  トーヤとあたしはその後も協力関係を結ぶようになった。  トーヤを怖がる人間は、あたしにも手出し出来なくなったし、クスリ屋も大繁盛。  物騒な仕事を依頼されたり、事件に巻き込まれたりも多くなったが、大体はトーヤが解決してくれた。  ついでに邪魔な死体も勝手に処理してくれる。  私は報酬をトーヤに払えばいいだけ。  おかげでこの格安物件を誰よりも早く手に入れられたし、前よりも遥かに良い暮らしが出来ている。  何より、あたしはセックスやクスリよりも遥かに最高で素晴らしい快感を知ることが出来たのだから。  先程のポラロイド写真をアルバムに貼る。  このアルバムがあたしの最高のエクスタシー、幸福なのだ。  ページを捲ればたくさんのポラロイド写真。  そこに写る死体。  苦痛に歪んだ顔、絶望に染まった表情、尊厳の破壊された姿、無念が浮かぶ瞳、血痕、内臓、傷跡―――。  たまらない、たまらない。  股関がじんわり熱くなるのを感じる。  呼吸が荒くなる。  もっと欲しくなる。  ダメだ、抑えろ。  まだ仕事が残っているのに。  依頼人に連絡をして、ポラロイド写真のコピーもデータ化して保存しなければならない。  楽しみはその後に取って置けばいいじゃないか。  何とか気持ちを落ち着かせようとしていると携帯にメールが届く。  そのメールの文面を読んで、あっという間にあたしの気持ちは冷めたのだった。  「ミアちゃん、あの袋あっちに置きっぱなしでいいよね……どしたの?」  作業終えたのか、悪趣味な格好でない普段のトーヤが地下室から戻ってきた。  あたしの顔を見るなり怪訝な表情になる。  「トーヤ、しばらく死体無しね。給料も減るから」  「……またか」  「そうよ。アイツらよ、渚のクソ連中! しつこいったらありゃしない!」  渚一族は壊滅した。が、全員が全員死んだわけではない。  連中の生き残りの子分達が、渚一族に貸しとか礼があるとかほざく協力者達と群がって、今もあたし達を探し、追っているのだ。  先程のメールは、その死に損ない達に動きがあったとする情報だった。  これでは堂々と仕事が出来ない。  しばらくは大人しくしているしかない。  トーヤなら何とか出来そうだし実際やるだろうが、そうすると今度は厄介な連中まで着いてきてしまうかもしれない。  渚一族より遥かに恐ろしい存在。例えば警察とか、軍とか、化け物とか。  そうなれば、トーヤは無事でもあたしが無事じゃすまない。  これ以上の力はあたしの身を滅ぼし自滅させるだけだ。  「というわけで、アンタしばらくお役目無し」  「まぁ仕方がないね」  「またケイタのところで小遣い稼ぎでもしてれば? 運良ければ死体も出るでしょ」  「そうだね、そうしよう」  トーヤはやれやれ、といった感じで懐からサングラスを取り出し掛けた。  足元には解体した死体が詰まっているであろう大きなスーツケース。  薄っすらと血が滲んでいた。  「そういえば、アンタまだ彼女いるの?」  「いるよ。ミアちゃんさぁ、前も言ったけど別れることなんてないから」  「だってアンタに女が居るなんて信じられないんだもの。とっかえひっかえしてるわけでもなさそうだし」  「俺どんなイメージなわけ?」  「誰彼構わず食ってるヤリチン」  「酷いなぁ。一途だよ、俺は」  「お熱いことで。まあ、ゆっくり彼女とラブラブしてなさい」  「もちろん、たくさんラブラブさせていただきますよ」  スーツケースを担ぐとバイバーイと言いながら出ていった。  飄々としてるけど決して他人には心を開かないイメージがあったんだけど。  それが一人の女にあんなにデレデレとはね。  まぁ、その女も色々訳ありなのかもしれない。  あんな訳ありだらけの男に普通の女が付くはずがない。  アイツは化け物なんだから。      
/113ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加